「2023年のジャズ」を総括 様々な文脈が交差するシーンの最前線

フリージャズと女性たちの躍進

アメリカでも近年、アフリカン・ディアスポラの歴史を辿った重要作がいくつも生まれています。かつてクリスチャン・スコットと名乗っていたトランペッターで、ロバート・グラスパーらと結成した「R+R=NOW」のメンバーでもあったチーフ・アジュアは、ニューオーリンズのブラック・インディアンの首長に就任したことで改名。部族のカルチャーや歴史を深く研究し、コラやンゴニといったアフリカの弦楽器にインスパイアされた「Adjuah’s Bow」というオリジナル楽器まで作ったりもしつつ、唯一無二の表現を提示しています。




また、Warpからリリースされたカッサ・オーバーオールの『ANIMALS』もその一つ。本人も「俺にとってアバンギャルドとは、西洋音楽の決まり事を跳ね除け、自分独自の構造や規則、そして自由を見い出すこと」と説明しているように、エクスペリメンタルな電子音楽やヒップホップの影響を汲むコラージュ感覚と、フリージャズ的なアプローチ及びメッセージ性が同居しているのが新鮮で、アルバムではアートをひたすら追求しているのに対し、来日公演ではエンターテインメントに振り切っていたのも痛快でした。


カッサ・オーバーオールが明かす、ジャズの枠組みを逸脱する「異端児」の思想
Photo by Patrick O'Brien-Smith




カッサのライブで躍動していたバンドメンバーのトモキ・サンダース(フリージャズの先駆者ファラオ・サンダースの息子)が、「僕が思うフリージャズは『ジャズ』という言葉を自由にするもの。白人社会が構築した形式を無効にし、自分たちを社会における『不自由な立場』から解放するようなマインドセットを反映した音楽だと思う。それによって自分たちの未来を志向し、祖先とも繋がろうとした」と語っていたのも印象的です。ここには今日のジャズを理解するためのヒントが散りばめられていますし、カッサの盟友であるトランペッターのシオ・クローカーが「『ジャズ』は死ななくてはならない」と常々主張していることにもリンクしています。


カッサ・オーバーオールの革新性とは? BIGYUKI、トモキ・サンダースが語る鬼才の素顔
Photo by Patrick OBrien Smith, @ogata_photo, eBar


「ジャズの世界は狭すぎるし、アメリカは根本的に間違ってる」シオ・クローカーがそう語る真意とは?
Photo by @ogata_photo

シカゴの作曲家/マルチ奏者、エンジェル・バット・ダヴィドが手掛けたジャズ組曲のタイトルも『Requiem for Jazz』でしたが、2023年はこのアルバムも含めて、フリージャズが一つのキーワードになった年とも言えるでしょう。詩人ムーア・マザーを擁する実験的クインテットのイレヴァーシブル・エンタングルメンツが、ジョン・コルトレーンで知られる名門impulse!からアルバムを発表していたり、エイズ救済基金のチャリティコンピ企画「Red Hot」シリーズによるサン・ラのトリビュート作品に、この両組が参加しているのも象徴的です。





フリージャズ的な手法がアクチュアリティを取り戻しているのは、BLM運動やパンデミックを経て、社会のあり方がますます複雑になってきていることも背景にあると思います。この流れで名前が挙がるのは意外かもしれませんが、上原ひろみが新プロジェクト「Hiromi's Sonicwonder」でシンセサイザーNord Leadを派手に弾き鳴らす一方、アブストラクトなソロ作を発表しているトランペット奏者のアダム・オファリルを交えてダークなフリージャズを演奏していたのも、こういう時代の空気と無関係ではない気がしますね。


上原ひろみ、新プロジェクト「Sonicwonder」を語る「今回は想像してるものと違いますよ」
Photo by Mitsuru Nishimura




さらに2023年は、前述したエンジェル・バット・ダヴィドやムーア・マザーも含めて、社会的メッセージとダイナミックな音楽性を兼ね備えるアフリカン・アメリカン女性の存在感が際立っていました。ジョン&アリス・コルトレーンの系譜を受け継ぐNYのサックス奏者、レイクシア・ベンジャミンは新たなスター候補で、最新作『Phoenix』ではゲストに著名なブラック・フェミニストのアンジェラ・デイヴィスや、作曲や器楽演奏をみずから行なっていた女性アーティストの先人として再評価が進むパトリース・ラッシェンを迎えています。ブラック・エクスペリエンスを伝えるNYの詩人アジャ・モネが、チーフ・アジュアをプロデューサーに迎えた『when the poems do what they do』でのポエトリーとスピリチュアルジャズの融合も強烈でした。






極め付けが「世界最高のジャズ・ボーカリスト」セシル・マクロリン・サルヴァント。彼女は最新作『Mélusine』で、12世紀に吟遊詩人が歌った楽曲や1920年代のシャンソンなど様々な時代の楽曲を取り上げつつ、複数の言語を織り交ぜることでハイチとフランスのルーツを反映し、作曲面ではアフリカン・ディアスポラの文脈を散りばめ、歌詞では人種問題やフェミニズムといった社会的イシューへの眼差しも感じさせるという、極めて優れたストーリーテリングを実践しています。僕が取材したときも「共通のルーツを持つ言語が、何世紀、何千年という時間を経て、変化を遂げていることに気づく」と語り、同じルーツから派生していった言語が持つテクスチャーや響きの違いについて説明してくれたのですが、もはやスケール感が別格すぎて圧倒されました。


セシル・マクロリン・サルヴァント、世界最高のジャズ歌手が明かす「歌」と「言語」の秘密
Photo by Karolis Kaminskas




ほかには、ジャズ・ハープの第一人者ドロシー・アシュビーにオマージュを捧げたブランディー・ヤンガーや、ジャズ〜パンク〜ヒップホップの架け橋として活躍しながら、昨年39歳の若さで亡くなったジェイミー・ブランチの遺作も素晴らしかったです。男女混成かつ男性がリーダーを務めることが当たり前とされてきたコーラスグループという分野で、4人の女性ボーカリストが民主的に作編曲を進めているセージュも画期的な存在といえるでしょう。デビュー10周年を迎えた世界的ジャズ作曲家の挾間美帆も、実に彼女らしい最新アルバムを発表しています。こうした女性ジャズアーティストの躍進が、海外メディアの年間ベストやグラミー賞のノミネートにしっかり反映されていることも付け加えておきます。


ブランディー・ヤンガーが熱弁、ドロシー・アシュビーとジャズ・ハープが今求められる理由
Photo by Tsuneo Koga


挾間美帆、世界的ジャズ作曲家がデビュー10年で培った制作論「私の曲作りにメソッドはない」
Photo by Dave Stapleton





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