セシル・マクロリン・サルヴァント、世界最高のジャズ歌手が明かす「歌」と「言語」の秘密

セシル・マクロリン・サルヴァント(Photo by Karolis Kaminskas)

セシル・マクロリン・サルヴァント(Cécile McLorin Salvant)をひとことで説明するなら、「世界最高のジャズ・ボーカリスト」だろう。

21歳のときに「セロニアス・モンク・コンペティション」のボーカル部門で優勝。ティグラン・ハマシアンやグレッチェン・パーラト、アンブローズ・アキンムシーレらを輩出してきた登竜門での優勝をきっかけに一気にシーンへ出ていって、すべてのアルバムが高い評価を受けてきた。類まれな表現力で歌われるオーセンティックなジャズ・ボーカル・スタイルはどんなスタンダード・ソングにも新たな魅力を与え、その信じられないほどに高い技術によるスキャットや、どんな楽器の特徴をも声に置き換えてしまう歌唱手法が聴き手を驚かせた。いつしか誰もが彼女を最高のボーカリストだと認めるようになったし、何度もグラミーにノミネートされ、3度の受賞を果たしている。

挾間美帆も彼女のNYでのライブに何度も足を運んでいるし、BIGYUKIは彼女を「天使」と評している。今や世界中のジャズ・ミュージシャンたちがこぞって称賛を送るのがセシルなのだ。

近年、セシルはノンサッチに移籍し、その作風を大きく変えて、シーンを驚かせた。2022年の『Ghost Song』では、これまでのオーセンティック・ジャズな作風から一転、ケイト・ブッシュやスティングのカバーに象徴されるようにジャンルを超えた表現で、その世界観から歌唱まで全く異なる作品を提示した。実はセシルは2018年に『OGRESSE』という動画を公開している。森の中で人を食べる怪物が主人公の寓話で、ダーシー・ジェイムス・アーギューのラージアンサンブルとともに歌っている。そこには『Ghost Song』に至るスタイルがすでに表現されていた。



そして今年、最新アルバム『Mélusine』を発表した。ここではフランスに伝わるおとぎ話「メリュジーヌ」がモチーフになっている。上半身は人間で、下半身が蛇の女性の物語。彼女は幼いころからこの物語に強い関心を抱いていたという。

彼女はこの物語を自分なりに表現するために、12世紀に吟遊詩人によりオック語で歌われた曲、1600年代のバロック期、1920年代のシャンソン、1979年にフランスで大ヒットしたミュージカル、1985年のフランスのヒット曲といったふうに時代がバラバラな曲を集め、そこに自作曲を加えて配置することで『Mélusine』の物語を構築した。

そして、ここではほとんどがフランス語で歌われ、ハイチ・クレオール語(ハイチとフランスの言葉が交じり合った言語)、オック語(南フランスで使われていた言語)なども歌詞に使われている。それは『Mélusine』の物語を語りながら、同時にハイチ人の父とフランス人の母の間に生まれた自身のルーツを反映させ、さらにその言語の違いによるサウンドの違いを音楽に活かすという、高度なコンセプトのためでもある。

セシルの最高傑作であり、超ディープな重要作『Mélusine』に少しでも近づけるよう、6月27日・28日のコットンクラブでの来日公演を前にしたセシルと、彼女のパートナーでアルバムにも貢献しているピアニストのサリヴァン・フォートナーへの取材を行った。ここでは彼女に「歌」や「言語」の側面を中心に話を聞いている。この傑作を深く理解するためのヒントになれば幸いだ。




サリヴァン・フォートナー(Photo by Y.Yoneda 写真提供/COTTON CLUB)

―前作は『Ghost Song』、つまり幽霊。今作の『Mélusine』は神話です。2作続けてファンタジーが主題になったことについて、どんな理由があると思いますか?

セシル:私は合理的かつデカルト主義的な人間である一方、神話やファンタジーものが好きで、空を飛んだり人間が動物に変身するような話が大好き。ある象徴を通して、彼らは物事や概念を私に語りかける。それは単に「これが現実というものだ」と語るより強力なことだと私は感じる。マジカルな物語が大好きなの。

―「メリュジーヌ」はまさに摩訶不思議な物語ですよね。あなたはこの物語に込められている意味や情感を、全く別の文脈で書かれた歌曲を並べることで表現しています。その中にはあなたの自作曲もありますが、どのように曲を並べて物語を作ろうとしたのでしょうか?

セシル:このアルバムには、ずっと前に私が自分のコンサート用に実家で書いた「Doudou」のような曲もあるわ。『Mélusine』に収録された楽曲の原曲は、中世に書かれたものもあれば、80年代のものもある。収録曲はストーリーを語るために、パズルのように組み立てていった。歌詞をすべて印刷し、単語を丸で囲み、単語から単語へ矢印をつけ、曲と連動するストーリーを作りながら仕上げていったの。




―様々な曲がひとつの流れに沿って並べられているわけですけど、そのセシルのプランはどのように演奏者へと伝えられ、演奏者はどういう感じで演奏したのでしょうか?

サリヴァン:セシルは『Mélusine』の物語を事前に私に話してくれたんだ。「La Route Enchantee」「Fenestra」「Doudou」等、過去のコンサートで演奏した曲もあったから……演奏法はなんとなく把握していたね。だから、具体的にどう演奏するかという話は一切せず、演奏して問題が出てきたら解決策を考えるという感じだった。それから、「D’un feu secret」のように、耳コピで覚えた曲もある。彼女がまずピアノで弾き、バロック期やルネッサンス期の歌手のことを説明してくれた。僕は彼女がどう歌うかを想像しながら、何台ものキーボードを駆使して作ったんだ。



―セシルはアルバムの資料の中で「このアルバムはストーリーテリングの手法を取っているのが特徴のひとつですが、私にとって歌とは、昔からずっと秘密を漏らすことです」とコメントしています。「歌とは秘密を漏らすこと」というのはどういうことか、もう少し説明してもらえますか?

セシル:「秘密」は非常に親密なもの。単に物語を演じるよりも面白いと思う。誰かに秘密を話す人は、相手がそれを口外しないと信じている。つまり強い信頼関係がある人だから。人に伝えてはいけない情報であるからこそ、「秘密」は非常に強力。「本当は言っちゃいけないのかもしれないけど、あなたには話すわ」というような親密さを保ちながら、私は自分のオーディエンスと接したい。そうすることで、さらに楽しく、エキサイティングなものになるから。

私にとって「物語」というのは、「さぁ、皆さんに物語をお話しよう……」という風に堂々たる口調で伝え、壮大なイメージがあるけど、「秘密」の方は「実は、あなたに伝えたいことがあるの……」というような感じ。自分自身に関して隠していること、自分が恐れていること、秘密の愛……私たちが抱える「秘密」は、人生における原動力でもあるし、たくさんの文化を作り出していると思う。

―秘密を伝えるように表現すると。秘密は隠されていて見えないものですよね。既存の曲について歌う際に秘密を明らかにするというのは、直接は書かれていないけど、その曲や歌詞の中にあるとあなたが感じた何かを掘り起こしたり、炙り出したり、一般的に言われている意味とは別の可能性を見出したり、みたいなことなのかなとも思ったんですが、いかがでしょうか?

セシル:楽曲の歌詞や言葉は、最も重要な面のひとつ。私は言葉の語源だとか1つの単語/言葉(word)が持つ異なる意味に興味がある。例えば文章やフレーズの中でいかに人生の転機を際立たせるかを重視している。それによって音楽の中にある秘密や、最も核となるものを絞り出すことができるから。「音楽の中に存在する秘密」「メロディの中に流れる秘密」「言葉の中にある秘密」を見つけ、それを自分の解釈で人々に曝け出し、伝えていくことはとても楽しいの。これを引き出すためには、時間をかけて考える必要があるし、そのためなら「良いサウンドに仕上げること」を犠牲にしてもいいとさえ考えているわ。

サリヴァン:「秘密」の面白い点は、それが秘密であることを知らずに秘密を話していることかもね。例えば、ゴドウィン・ルイス(NYハーレム出身のサックス奏者)が「Fenestra」で楽曲アレンジを担当している。曲の冒頭で、ドラムブレイク部分があるんだ。ウィーディー・ブライマ(ガーナ生まれのジャンベ/マルチ打楽器奏者)がパーカッション、オベド・カルヴェール(マイアミ出身のドラマー) がドラムスを演奏しているんだけど……。

セシル:サリヴァン、それ歌ってみて。

サリヴァン:(♪ダダッ、ダ・ダ)というリズムで、これはハイチ文化に存在する、人魚について歌った子供向けの童謡を参照しているんだ。

セシル:そう、人魚を歌った歌なの。彼女はハイチのヴードゥーの精霊で、上半身が女性、下半身が蛇だから、下半身が魚の人魚のような感じね。人魚は歌手であり、誘惑者。彼女の歌声に惹かれた男性が近づくと、殺されてしまう。元々(ハイチの)歌にあったから、これは完璧だった。でも、この曲を聴いた人が必ずしもそういった(背景を)理解している訳じゃない。

―その曲の背景にある文脈や要素はある意味で「秘密」のようなもので、それをいかに親密に伝えるかにセシルの音楽の本質があると。面白いですね。

サリヴァン:その通り。(曲の背景を背景を知らないと)それに気づかないから。


Translated by Keiko Yuyama

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