上原ひろみ、新プロジェクト「Sonicwonder」を語る「今回は想像してるものと違いますよ」

Photo by Mitsuru Nishimura

 
ソロピアノでの『Spectrum』(2019年)、弦楽四重奏との共演『シルヴァー・ライニング・スイート』(2021年)といった意欲作を送り出してきた上原ひろみが、久々のバンド編成によるニューアルバム『Sonicwonderland』を発表した。

今回は新プロジェクト「Hiromi's Sonicwonder」名義でのリリースとなり、超絶テクニックで知られる5弦ベースの名手アドリアン・フェロー、ラリー・カールトンからフライング・ロータスまで幅広く活動してきたドラマーのジーン・コイ、トランペットの新鋭アダム・オファリルという気鋭の音楽家たちが迎えられている。

かつて2007〜2008年に活動した「Hiromi's Sonicbloom」では、奇才ギタリストのデヴィッド・フュージンスキーがぶっ飛んだプレイを随所に聴かせ、それに上原も応えるさまが聴きどころでもあった。今回のSonicwonderでは、アダム・オファリルがその役割を務めているように思う。アルトゥール・オファリルやスティーブン・フェイフケらの名ビッグバンドに所属する実力派でありながら、自身の作品ではフリージャズも視野に入れた抽象性をもたせ、エフェクトや多重録音も駆使するセンスを併せ持つ個性派だ。そんなアダムの存在が上原に刺激を与えていることは、本作のどの曲を聴いても明らかだ。

また、ここ数年はトリオ・プロジェクトやソロピアノでの活動が続いていたこともあり、上原の持ち味のひとつでもあったシンセサイザー、Nord Leadのサウンドがあまり聴かれない時期が続いていたが、この最新作ではタイトル曲「ソニックワンダーランド」などで、その音色が大きな存在感を放っている。つまり、Sonicwonderのメンバーによって、この15年ほどは聴かれなかった音楽性が引き出されているとも言えるだろう。

そういう意味では、かなりの異色作である。僕もアルバムを聴いて驚いたし、多くのファンが同じように驚くはずだ。本人の制作意図を確かめるべく、上原にインタビューを行なった。




―そもそも「Sonicwonder」という名前にはどんな意味があるんでしょうか?

上原:ザ・トリオ・プロジェクトの前に、「Sonicbloom」というエレクトリック色の強いバンドをやっていました。今回、「Sonic」という言葉をつけているのは、当時からのファンの方に「今回はちょっとエレクトリックなことをやるよ」って気づいてもらうためのサインです。”Sonic”だったら、私がキーボードに囲まれているような音楽だっていう意思表示が伝わるだろうと。

―「Sonicbloom」と明確な繋がりがあるわけですね。デヴィッド・フュージンスキーと共演していた頃の音楽とも関係があると。

上原:そうですね。ピアノだけではないっていうことや、エフェクトを使ったりもするということの意思表示としてバンド名を考えました。




―このメンバーはどうやって決めたんでしょうか。

上原:アドリアン・フェローは2016年、アンソニー・ジャクソン(Ba)の代役としてトリオ・プロジェクトで演奏してくれたんです。それが初共演だったのですが、初めてという感じがしなかったというか、「面白いな、この人ともっと演奏したいな」という気持ちになりました。

その頃はトリオのサウンドがかなり確立されてきた時期で、サイモン・フィリップス(トリオ・プロジェクトのDr)も私も、こういうベースがほしいっていうイメージがかなり固まっていて、アドリアンはそれに寄せてプレイしてくれました。でも、やっぱり一緒にやっていると「アドリアンらしさ」が出てくる瞬間があって、「こういうプレイをもっと自由にやってもらいたいな」って思うことが何度もあったんです。そのうち、彼のことを想定して曲を書いたりするようになり、「プロジェクトを一緒にやれたらいいな」という気持ちがすごく強くなっていました。

でも、エドマール・カスタネーダとの出会いや(2017年作『ライヴ・イン・モントリオール』)、10年に1枚作っているソロ(『Spectrum』)、他にもいろいろとやりたいプロジェクトが渋滞していて。「よし、バンドやろう!」と思ったら、2020年からコロナ禍に入ってしまい……。当時は弦楽四重奏とのピアノ・クインテットをやったり(『シルヴァー・ライニング・スイート』)、その時にできることをやってきたのですが、このバンドの構想はずっと頭にあったので、曲は書きためていました。

それで、ようやく海外と行き来ができるようになってきたので、アドリアンとジーン・コイに声をかけて、もうワンレイヤーほしいなと思っていたところ、曲を書いてるなかでトランペットだなと。探すのに時間はかかりましたが、アダム・オファリルを見つけて、声をかけてセッションをしたら「この人だ!」と思ったので、バンド・メンバーが揃いました。




―さっき仰ってた「アドリアンらしさ」ってどんなところだと思いますか?

上原:彼の動画を見ていると、基本的に超絶技巧で弾いているような演奏が多いですが、私が一緒に演奏しながら感動したのはそこじゃないんです。1つのコードに対してベーシストが弾ける音って、いろんな音のオプションがあると思いますが、彼のハーモニーのコンセプトが本当に面白いので、彼がその音を弾いたことで、上でソロをしている人の聴こえ方が全然変わってくるんですよ。そのコードに対して、もちろん、F7だったらFを弾くんだけど、Fじゃない音を彼が選んだ時に、不協和音ではなくて、ちゃんとソロとして成立する絶妙な音を選んでくる。彼はそれを天性でやっている。「ここでそのベース音を選ぶんだ!」って驚いたし、それによってソリストの聴こえ方を変えてしまうんです。

あとは音色もいい。そこに関しては、アンソニー・ジャクソンの影響を受けてると彼は言っていましたけど、ウッドベースみたいにピッキングしたり、音をミュートさせて弾いたり、いろんな音色の豊かさを出せるし、そのための奏法を持ち合わせています。ミュートしてつまびくように弾くっていうやり方は、私はアンソニーを除いては、アドリアン以外で見たことがないですね。

―彼はベースヒーローという印象ですけど、テクニックだけではなくアンサンブルでの貢献がすごいと。では、今回はアドリアンのそういった部分がよく出るような曲を書いたんですか?

上原:はい。優れた技術の持ち主なので、「彼だったらこれをユニゾンで弾けるな」とか、そのポテンシャルをマックスで出せるような楽曲を書きました。アドリアンのことをすごく考えて作ったので、アドリアンが光るようになってると思います。

 
 
 
 

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