Nord Leadの魅力を大いに語る―ところで、今回はかなりNordを弾いてますよね。初期のアルバムだと「010101 (Binary System) 」や「Kung-Fu World Champion」みたいにNordを派手に弾いてる曲もあったりして。上原:はい、ありましたね。
―そもそも上原さんにとって、Nordってどういう楽器ですか。上原:曲を全然違う視点で書かせてくれる楽器です。ピアノで曲を書いている時とは全然違うものが出てくる。トリオ・プロジェクトをやっている時は、「ミュージシャン」「バンド」って設定で曲を書いていて、あまりNordは聞こえてこなかったんです。でも、2017〜2018年あたりからは、かなりNordで作っています。シンセがくれるインスピレーションがすごくあって、「この音だったらこういうメロディ」とか「こういうリズムが面白いな」という感じで、絶対ピアノでは出てこないものが出てくる。曲を作るうえで、Nordはすごく頼りにしている存在ですね。
―ピアノは「技術でどう鳴らすか」みたいな楽器ですが、Nordだと地道に音色を作る作業があると思います。上原さんは初期の頃から変わった音を作っていましたよね。その作業は、自分にとってどういうものですか。上原:メロディを書いてから音を作るというより、音から(曲を)作ることが多いです。音色がスパイスだとすると、一つ一つを混ぜながら、もうちょっと歪ませたいなとか、伸ばしたいなとか、もう少しアタックを遅くしようとか、いろんなことをやって音色ができたところで、その音色でどんな曲ができるかなって考えていく感じです。
―曲があってじゃなく、先に音色を作ると。上原:はい。キーボードでは、遊びながら面白い音を探して弾きながら、こういう曲がいいなと思いを巡らせながら作っています。
―タイトル曲の「ソニックワンダーランド」も、音を作っていたところで出てきたんでしょうか。上原:そうです。
―音がゲームっぽいと思った、みたいなことですか?上原:この曲のミュージックビデオでも描かれているように、横スクロールの2Dゲームというイメージが頭の中にあって、そういう曲を書きたいなと思って音作りを始めたので、その影響は大きいですね。
―Nordでソロをとる時って、やっぱりピアノと違うじゃないですか。ピアノだったらタッチで(ニュアンスを)変えられるんだろうけど、上原さんみたいにピアノを弾ける人にとってはシンセって不自由なところもあるのかなと。Nordでソロをとるのはどんな感覚ですか?上原:ピアノとの一番の違いは、音が伸びること。減衰しない音の中で音色を変えていったりできるので、キーボードを弾いている時の方がいたずら感が強いですね。子供がおもちゃで遊んでいる感がピアノより強い。マッドサイエンティスト系ではないというか。
―もっと無邪気な感じなんですね(笑)。上原:今回、自分が弾いていて、デヴィッド・フュージンスキーの影響が強いなってすごく感じました。私はギターがとても好きで、ギタリストになれるものならなりたかったくらいで。私にとってキーボードを弾くのは、ギターを弾いている気持ちに近いと思います。一番身近にいたギタリストがフュージンスキーだったので、彼と一緒にやっている時にいろんなものをもらいました。だから、自分の中でフュージンスキー・スイッチが入る時があります。
―たしかに。Sonicbloomの頃にも、どっちがギターで、どっちがシンセかわからないような演奏をしていましたよね。上原:そこで勉強したことは大きいです。こういう音作りがあるんだなって思ったし、ギターの演奏をキーボードに移植できないかな、みたいなことも考えました。彼が精通していたマイクロトーナル・ミュージック(微分音)にも影響を受けています。
―上原さんはずっと同じNord Leadを使ってますよね。上原:ちょっとずつアップデートしているんですよ。前はNord Lead 2でしたが、今回はA1にアップデートしています。
―昔からずっとシンセを使っているのに、いつもNordの同じシリーズですよね。実はいろいろと試していたりするんですか?上原:はい。でもやっぱり、Nord Leadが一番好きですね。今までたくさんのシンセを試してきていて、2000年初頭の頃はAccess Virusっていうシンセも同じくらい好きだなと思ったのですが、ここ10年くらいはやはりNordの方が好きだなって。
―Nord Leadはどこがいいんですか?上原:やっぱり音色が一番大きいです。プレイの部分ではベンド(音程を滑らかに連続的に変化させること、ギターではチョーキングといわれる)ですね。Nord Lead以上のベンドに出会ったことがないです。いつか、ベンドをあの材質にしてくれた制作者に、私は会いたい。
―(笑)上原:木の下に何が入ってるのかわからない……もしかしたらプラスチックかもしれないけど、ベンドが跳ね返るんですよ。パフォームするうえで本当に最高だなって。あと自分としては、縦のベンドは使いづらくて。横のほうがいいんです。
―ベンドにこだわりがあるってのは、ギターが好きって話とも繋がりますね。上原:それから鍵盤のタッチも大きいですね。Nord Leadはタッチがすごく好き。ただ、Claviaが(メーカーとして)推しているのはNord Leadではなくて、間違いなくNord Stageなんですよ。Nord Stageはもっといろんなことができる楽器で、特にポップスで使えるので、新作モデルもどんどん出ていますし、Claviaが力を入れるのもよくわかります。それに比べて、Nord Leadはあまりマルチな活躍ができないタイプ。とはいえ、私はそこが好きなんですよね。だから、ディスコンティニューの商品にならないことだけをずっと祈ってます(笑)。部品がなくなっちゃうと困るので。
Photo by Mitsuru Nishimura―最後の質問です。今回のニューアルバムで「これまでの作品とここが違う」という点が、もしあるとすれば何だと思いますか?上原:そうですね……(しばらく考え込む)。2017年にはエドマール・カスタネーダとデュオをつくり、2019年にはソロをやり、2021年には弦楽四重奏とやってきた。特に意識していたわけではないですが、この3作では演奏するのはピアノ・オンリーだったんですよ。キーボードは1台持っていたけど、そこまで弾いてこなかった。なので、6年前に私と出会った方にとっては、私にはピアノのイメージしかないと思います。
ただ、ベイエリア、サンフランシスコ、オークランドのあたりって、長年にわたって年に1回は必ず公演しているので、全プロジェクトを観てくださっている方も多くて。それこそ、もう20年ぐらい聴いてくださっている方の中には、こういうことを始めるとセッティングを見ただけで「来た!」みたいな人たちもいるんですよ。
―ですよね。上原:一方で、近年はコンサートホールをメインに演奏していたのもあって、最近知ってくださった方からすれば「あれ?」ってびっくりしますよね。立ってキーボードを弾いてるっていうだけで「今までと違う」みたいな。特に日本だと『BLUE GIANT』もあったので、ピアノのイメージがより強くなっている。だから、バンド名にしろジャケットにしろ、今回は「想像してるものとは違いますよ」っていう、できる限りの注意喚起を出したつもりです(笑)。
―注意喚起(笑)。上原:私にとっては、すごく自然にやっていることだし、ずっと好きな音楽の中にあるもの。ファンの中には、ここ5〜6年聴いてきたものとあまりに違って、ショックを受けてしまう方がいるかもしれないけど、これがチャレンジだとはまったく思っていません。やりたいことをやるためにミュージシャンになったので、それを実践しているだけです。
Hiromi's Sonicwonder(上原ひろみ)
『Sonicwonderland』
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再生・購入:
https://Hiromi-Uehara.lnk.to/Sonicwonderland上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder JAPAN TOUR 2023 “Sonicwonderland”
2023年11月22日(水)東京・渋谷Spotify O-EAST *スタンディング公演
2023年11月23日(木・祝)三重・四日市市文化会館 第1ホール
2023年11月25日(土)静岡・アクトシティ浜松 大ホール
2023年11月28日(火)宮城・SENDAI GIGS
2023年11月30日(木)福岡・福岡市民会館
2023年12月1日(金)鳥取・米子市公会堂
2023年12月3日(日)静岡・静岡市清水文化会館 マリナート 大ホール
2023年12月5日(火)石川・金沢市文化ホール
2023年12月7日(木)東京・東京国際フォーラム ホールA
2023年12月9日(土)岡山・岡山芸術創造劇場ハレノワ 大劇場
2023年12月10日(日)広島・JMSアステールプラザ 大ホール
2023年12月12日(火)大阪・フェスティバルホール
2023年12月13日(水)名古屋・日本特殊陶業市民会館 フォレストホール(名古屋市民会館)
2023年12月15日(金)北海道・札幌文化芸術劇場 hitaru
2023年12月17日(日)岩手・盛岡市民文化ホール
2023年12月19日(火)大阪・なんばHatch *スタンディング公演
2023年12月21日(木)東京・東京国際フォーラム ホールA