新たな仲間たちとのフリージャズ―個人的に、今回の目玉はトランペット奏者のアダム・オファリルだと思います。かなり意外な人選でしたけど、どんなところに惹かれたのでしょうか?上原:音色です。トランペットって楽器の印象が煌びやかで、ビックバンドだったら花形で、音が一番パーンと突き抜けるイメージがすごく強いと思います。でも、私が最初に好きになったトランペッターはケニー・ドーハムなんです。トランペットの音域の中の低音からミッドの部分がすごく好きなんですね。だから、アダムの音を聴いたときに痺れた。「この人は何を吹いたっていいな」「この音色があれば勝ちだ」みたいに思いました。彼に声をかけた時に「エフェクトを使うような、ちょっとエレクトロニカな音楽をやりたいんだけど、どう?」って言ったら、エフェクトを使ったサンプル音源をいくつか送ってくれたんです。実際に会ってセッションした時も、いくつかペダル持ってきてくれて、「これだったら思い描いている感じに持っていけるな」と思いました。
―僕はアダムのアルバムを以前から聴いたので、すごく意外だったんですよね。上原:私が声をかけたことを、彼自身も驚いたみたいです。それこそ、系譜からすれば全然違う。ニューヨークのシーンでも、彼がいる場所ってThe Jazz Gallery(若手による実験的な企画や新人の発掘を続けるNY随一の先進的なジャズクラブ)とかだから。ただ、彼自身はいろんなことをやってる人なんですよ。しかもすごくやる気があったので、いいなと。
―さっきケニー・ドーハムが好きだと仰ってましたが、他にはどういったトランペッターが好きなんですか。そもそも上原さんはこれまでほとんど管楽器を入れてこなかったですし、トランペットが好きなイメージがあまりないもので。上原:オスカー・ピーターソンは幼い頃から聴いていて。初期に買ったアルバムは『Oscar Peterson and the Trumpet Kings - Jousts』(参加しているトランペット奏者はハリー・エディソン、ディジー・ガレスピーなど)。だから、トランペットはすごく好きですよ。やっぱりバンドで一緒にやってないと、好きそうっていうイメージにならないんですかね?
―上原さんはデビュー時からエレクトリックでプログレッシブなジャズをやってる印象もあったので、エレキギターをバンドに入れるのは想像がつきましたけど、トランペットとのカルテットを結成するのは想定外でした。上原:今回、「ポラリス」という曲を書いた時、トランペットが聴こえてきました。「もうワンレイヤーほしいけど、サックスじゃないし、ギターでもないなぁ」とか考えていた時に「トランペットだ!」って、そこではっきり分かった。どういう音色のトランペッターかということも、すぐにはっきりしました。
Photo by Mitsuru Nishimura―あと、ジーン・コイはどういう繋がりですか?上原:スタンリー・クラーク・バンドと演奏した時、彼がロナルド・ブルーナーJr.の代役として来ていたので、会ったことはありました。その後、いろんなバンドで彼の演奏を見ていて、ユーモアに溢れた素敵なドラマーだと思うようになって。私のバンドで必要なドラマーは、ソリストに対して内向的ではなく、外交的な人です。ジーンはまさにそういう人だった。それに、彼はアドリアンとLAのThe Baked Potatoというクラブでよく一緒に演奏しているんです。ベースとドラムがちゃんとしたボートになっているって重要だし、アドリアンに相談したら「いいと思う」と言ってくれたので、ジーンに声をかけました。
―トリオでのサイモン・フィリップスとは全然違うタイプのドラマーですよね。彼はどんなドラマーですか?上原:アコースティックピアノとドラムって音圧が全然違います。ジーンはソフトに叩くところはすごくソフトに叩く。だから、トリオ・プロジェクトの時より音が小さい時が多い印象があります。弦とやっている時ぐらいの音圧(の小ささ)の時が結構ある珍しいタイプですね。こんなに小さいなと思ったドラマーはマーカス・ギルモアぐらいかもしれません。マーカスやケンドリック・スコットも小さいときは小さいですが、すごくダイナミクスがある。ケンドリックは、ハードの時はすごくハードで、そこがすごく面白いですよね。ソロをコンストラクトしてるときの音圧が自由自在だから。
―ジーン・コイのそういう部分がよく出ている曲ってどれですか? 上原:「ゴー・ゴー」と「トライアル&エラー」ですかね。この2曲はアダムの影響が否めないというか、ライブの時は、フリー(ジャズ)なんです。テーマはあって、もちろん展開もあるけど、ソロの部分はテンポの拍子もコードもその日次第。ジーンとアドリアンもそうですけど、真っ暗闇に行くのがまったく怖くないタイプなんです。(ライブ中に)3秒間全員が止まっちゃう、みたいな時があって、「これ、誰が次?……ああ、戻った」っていう調子がずっと続いていくのがこの2曲なんです。こういう感じを自分の作品でやるっていうのは新しいですね。誰かとセッションしているときにはあるけど、自分の作品やライブでそういう(フリージャズ的な)ことはあまりしてこなかったので、楽しいです(笑)。
―なぜ、それを今回やろうと思ったんですか。上原:このメンバーと一緒にやっていたら、自然とその方向に行っちゃったんです。もともと「ゴー・ゴー」って、パンデミックの時、SNSで「One Minute Portrait」というプロジェクトをやっていて、そこで
メタリカのロバート・トゥルヒーヨ(Ba)とやった演奏がもとになっています。もともとはフリーになるような曲ではなかったのですが、このメンバーとやってたら、すごくフリーになっていって。それがすごく楽しいですね。
―「ゴー・ゴー」はまだわかるんですけど、「トライアル&エラー」みたいな遅くてダークなフリージャズは、今までの上原さんのイメージと違いすぎるんですよね。アダムの影響もあるのかもしれないですけど。上原:アダムの影響は大きいでしょうね。リード・インストゥルメント、メロディを弾くような楽器でソリストが(私とアダムの)2人いるわけだし。曲って最初から最後まで演奏でストーリーを紡いでいくものなので、自分の前の人がどういうプレイをしたかがお互いに影響するんですよ。もしアダムがビバップっぽく吹く人だったら、全く違った作品になっていたと思います。別のトランペッターが同じ曲を吹いたとしたら、違う展開になるだろうし。たとえば自分が先陣を切って最初のソロをとるとしたら、アダムに渡すってことをわかってやっているので、そこも含めてインプロバイズします。それもその瞬間のコンポーズ。その作曲法はメンバーが誰かで変わるんですよ。
―上原さんってこういう暗くて遅いインプロみたいな音楽は聴くんですか?上原:聴きますし、演奏するのは好きなのですが、あんまりやってこなかったですね。
―録音はしてないけど、実はどこかでやってるとか?上原:たまにありますよ。ただ、発表することがすべてではないと思っているので。1時間くらい、フリーなセッションをするのも好きですね。それをステージでやるとびっくりされちゃうこともありますが…。2006年頃にタップダンサーの熊谷(和徳)くんと、事前に決めずにやりたいと思って45分1曲で演奏したことがありますが……その時客席はシーンとしてましたね(苦笑)。
―(笑)。上原:とはいっても好きです。お客さんが50人ぐらいで、暗いところでやりたいですね。夜12時ぐらいから(笑)。
―そういう狭い地下でやってるような音楽を「アルバムに入れるんだ⁉️」と思ったんですよね。上原:作品で出すかどうかはみんなと相談して、(アルバムでは)7分にしましたけど、ライヴだと14〜15分になる時もあります。アドリアンは全体の空気を客観視できる人なんです。私も見るようにはしますが、特にこういうタイプの曲をやってる時は見えなくなる時があって、終わってから「ちょっとやりすぎだったんじゃないかな?」みたいな反省会をすることもあります。でも、アダムは大体やりすぎの時の方が好きなタイプなんですよね。「いや、今のは最高だったと思う」「いや、絶対やりすぎだよ」とか話し合ったりします(笑)。