川谷絵音が振り返る2022年の音楽シーン

「Sped Up」という新たな可能性

―3年連続で〈世界で最も再生されたアーティスト〉になったバッド・バニーについてはどうでしょう?

川谷:この年末の取材も3回目で、過去2年バッド・バニーがずっと1位だったから、Spotifyで見かけたらとりあえず聴くようにはなったんですけど……日本で再生されてる印象はあんまりないですよね。〈世界で最も再生されたアルバム〉でも1位ですけど、『Harry’s House』よりも上なんだって。ラジオでかかってた記憶もないし、なかなか実感が湧かないというか。ただハリウッド映画(『ブレット・トレイン』)にも出演したり、海外では大スターですもんね。そう考えると、やっぱり日本は特殊というか。世界1位のアーティストが全然再生されてないのもどうなんだろうなって。



〈世界で最も再生されたアーティスト〉プレイリスト

―Spotifyのランキング以外で、印象に残ってる海外の動きはありますか?

川谷:スティーヴ・レイシーの「Bad Habit」が全米1位(3週連続)になったと聞いて、最初は「なんで?」と思ったんですけど、TikTokでSped Up(スペッドアップ:既存曲のスピードを上げ、音程とテンポがアップされたバージョン)が流行って、そこから原曲も注目されるようになったんですよね。そういうヒットの仕方も2022年を象徴してるというか。最初は意味がわかんなかった(笑)。

僕のやってるラジオ番組(「川谷絵音の約30分我慢してくれませんか」)に世界各国のヒット曲を紹介するコーナーがあって。いつも放送作家さんが曲を用意してきてくれるんですけど、そこでCafunéっていうアーティストの「Tek It」のSped Upを聴いて。それが僕のSped Upデビューだったんですけど、そのあとに原曲を聴くと、めちゃくちゃゆっくりに聴こえるんですよ(笑)。同じ曲でも速くしたり遅くしたりすることで評価が変わるって、人間の音楽に対する捉え方ってすごく曖昧なんだなと思いましたね。




―あのジ・インターネットのスティーヴ・レイシーが、そういう形でヒットを生み出したというのも面白いですよね。

川谷:そうそう。でも、Sped Upによって原曲が注目されるのは悪いことじゃないというか、むしろ新しいなって。アーティスト自身がSped Upをリリースする流れをスティーヴ・レイシーが確立させたと思うし、このパターンはこれからもっと増えるでしょうね。あとはSped Upありきで曲を作る人も出てきそう。最初はあえてローテンポにして、速くするといい感じになる、みたいな。これまではリスナーが勝手にスピードアップしていたのが公式になったというのは、大きな動きだなと思いました。

だから僕も、ゲスやichikoroでやってみたりして。自分でSped Upをやってみて思ったのは、(スピードを)1%変えるだけで結構変わるんですよ。そこが大変であり、面白い部分でもありました。



―ゲスのEP『Gesu Sped Up』に対する反応はどうでしたか? 正直、いわゆる邦楽ファンの人からすると「?」だったんじゃないかとも思うんですけど。

川谷:「面白いです」「声が高くなってる」みたいな反応で、狙いが伝わってない人の方が多かったかもしれないですね。でも僕ら的には、そういうことをやることに意味があるというか。単純に面白そうなことをやっていこうってことですね。(Spotifyランキングを見ながら)グラス・アニマルズも長くないですか? これもずっといますよね?

―「Heat Waves」は2020年リリースですが、2022年の〈世界で最も再生された楽曲〉2位で、去年よりも順位を上げてます。

川谷:2年くらいずっとヒットしてるってことですよね。サブスクでいろんな曲が聴けるようになったのに、ずっと同じ曲を聴いちゃう現象は僕にもあって。ハリーの「Daydreaming」とか「As It Was」もそうだったんですよね。新譜を追加しすぎて、何が何だかわかんなくなって、結局一番印象的だった曲を繰り返し聴いてしまう。そういう人が多いから、ランキングも毎年そんなに変わらないんだと思いますし……「As It Was」のビルボード・チャート通算15週1位は、エルトン・ジョンを抜いてイギリス人最長記録なんですね。

―リリース後から長らく上位にランクインし続けて、何度もトップに返り咲いているんですよね。そういう息の長いチャートアクションも、サブスクの影響が大きいみたいです。

川谷:CDの時代は買ってきたら新譜のほうを聴くじゃないですか? でもサブスクは量が多すぎて、印象に残ってるものしか聴かないから、新曲は一部を除いてすぐ埋もれちゃう。「As It Was」は2023年以降もずっと聴かれるでしょうね。

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