The 1975、リナ・サワヤマ擁する「Dirty Hit」レーベルオーナーが明かす革命の裏側

理想とビジネスは両立できる

他のインタビューで、「僕らは音楽を売るのではなく、アイデンティティを売るというビジネスに携わっている」と話していたのが興味深かったです。

ジェイミー:ポピュラーカルチャーにおいて、僕が惹かれるのはアイデンティティの譲渡だ。自分もあんなふうになりたいとか、自分がもっと輝けるための刺激をもらえるというふうに、偉大な音楽作品というのは強い憧れを抱かせる。それはビジュアルについても同様で、日本にもかっこいいパンクスがいるけど、彼らはそのアイデンティティに惹かれているわけだよね。K-POPのグループもそうだし、音楽文化には欠かせない要素だと思う。

先日マシューとも話したんだけど、最高のアート作品というのは情熱を生みだすものだ。ポジティブな情熱にせよ、ネガティブな情熱にせよ。アーティストにとって最悪なのは関心すら持たれないこと。確固たる信念がなければアーティストではない、ただのミュージシャンだ。

―その話で言うと、The 1975には熱心なファンが大勢いますし、ピクセル(リナのファンダム名)もそうですよね。彼らは単なる消費者ではなく、アーティストとともに新たな価値観を創造し、社会を動かすコミュニティとしての役割も果たしているようにも思いますが、ポップカルチャーにおけるファンダムの力についてはどのようにお考えですか。

ジェイミー:物事のど真ん中にいると、客観的にそれを見るのが難しい。ファンが一丸となることで、カルチャーに影響を与え、変化や前進をもたらすことがあるのはわかっているつもりだ。ただ、自分にとって仕事はかなり身近なものだから、それが世の中にどれだけの影響を与えているのか考えると混乱してしまう。The 1975やリナのファンは発信力があり、積極的に行動し、忠誠心もある。そんな素晴らしいファンがいてくれて、アーティストは幸せだと思う……これで質問の答えになっているかな。

―例えば最近だと、The 1975がニューアルバムの情報解禁をするとき、ファンにポストカードを送っていましたが、そういったファンとのコミュニケーションについてはどのようにお考えでしょうか。

ジェイミー:ファンとの繋がりは凄く大切だ。また、僕たちはリアルに立ち返ることも大事だと思っている。今の時代は会話が全てデジタル上で行われている。だからポストカードは、僕たちは現実世界に住んでいることを思い出してもらうためのものでもある。最初にやった時は、アルバムを聴くのに最適なEQの設定を示したポストカードを送った。面白い試みだったよ。そういうファンとのコミュニケーションはとても大事だ。怖い面もあるけどね。



―Dirty Hit設立から今日までの間に、音楽ビジネスやプラットフォームのあり方も大きく変わってきましたが、そういう変化とはどのように向き合ってきましたか?

ジェイミー:僕がマネージメント会社を始めた当時、音楽ビジネスはどん底にあった。そこからの一大復活しか僕は経験していない。だから年々物事が前進し、変化し続けることは、僕にとって普通のことなんだ。

これは僕が成功する前の話だけど、コーダ・マーシャルというイギリス音楽業界のレジェンドがいて、僕の携わっていたバンドが彼のレーベルと契約していたから、アルバムのミキシング作業をする時、いつも彼が車で迎えに来てくれた。それでスタジオまでの道中によく話を聞かせてもらったんだけど、「もし私が君くらいの年齢だったら、デジタル著作権のことばかり考えていただろう。今は過小評価されているが、これからとんでもないことが起きる」と言われたとき、なぜかピンと来るものがあった。それが2007年のこと。コーダとの会話は、僕がレーベルを始める大きなきっかけになった。そんな出会いにも恵まれたりして、自分はつくづくラッキーだったと思う。

―以前、本誌US版のインタビューで、「従来のレコード契約の内容にずっと疑問を持っていた」と語っていましたが、具体的にどのようなことを感じていたのでしょう?

ジェイミー:初めて契約書を読んだ時、自分が読み間違えているんじゃないかとすら思った。アーティストはレコード会社が儲けたずっと後にしかお金が入ってこない仕組みになっている。それに、数字のつじつまがまるで合ってなかった。数学好きな僕にとって、数字は現実社会であやふやにされがちな真実を見極めるためのもの。ときどき数字のほうが、言葉よりもわかり易いとさえ思える。古代ギリシャ人は数学を「演繹的真実」と呼んだ。2+2は4にしかなり得ない。そういう数学的観点から見て、とにかく酷い契約だと思った。

だからDirty Hitを立ち上げた時、自分がマネージャーの立場から始めたというのもあり、アーティストがまず音楽を作って、レーベルがそこから先を請け負うわけだから、50:50であるべきだと思った。それも「印税」という考え方ではなく、「利益」を50:50で分配することにした。パートナーシップと思えるような契約にしたくて、それを実践したんだ。その試みは、15年前はかなり革命的だった(笑)。今では取り入れられるようにもなったけど、まだ当たり前になったわけじゃない。よくアーティストが配信で全然お金が入ってこないと愚痴っている記事を見かけたりするけど、それは不利な契約を交わしているだけ。彼らのマネージャーに「そもそも、なぜそんな不利な契約を交わしたんだ」と言いたいね。

―ただ一方で、アーティストにとっての成功は、セールスやフォロワーなどの数字だけで測れるものでもないですよね。あなた自身は彼らにとっての「成功」をどのように定義していますか。

ジェイミー:持続可能なキャリアを築くことが究極の成功だと思う。でもチャート1位になったり、アワードを受賞したりするのも嫌いじゃない。僕自身が負けず嫌いだから。成功というのは物質的なものだけでなく、個人がどう感じるかということでもある。そういう意味で「成功」というのは、アーティストが自分の作品を誇りに思えることなんじゃないかな。あとはカルチャーに何らかの影響を与えることができたら、おのずと成功に近づくはずだ。だから、僕からアーティストに言えることがあるとすれば、確固たる意思を持ち、自分が誇りに思える作品を作り、リアルな存在であり続けること。そうすれば結果はおのずとついてくる。それに尽きるね。

―レーベルオーナーとして、今後の目標を聞かせてください。

ジェイミー:今後もアーティストに投資し続けることかな。そうやって自分たちのカタログを充実させていき、より影響力のあるレーベルになること。そして、チームを世界中に拡充することで、第三者に頼らなくても自分たちでプロモーションができる体制を築くこと。Dirty Hitに関する僕の夢は、素晴らしい感性を持ったクリエイターたちのいる最高のインディレーベルでありながら、どのメジャーレーベルにも負けないマーケティング力を持つこと、そしてメジャーレーベルに取って代わる存在になることだ。その目標に向かって一歩ずつ前進していると思う。他のインディレーベルに対してもどかしく思うのは、野心の足りなさだ。僕は自分たちのアーティストを、可能な限り多くの人に知ってもらいたいと思っている。

ペール・ウェーヴスに先日取材したとき、「私たちはインディではなく、オルタナティブなバンドでありたい」と話していたのを思い出しました。

ジェイミー:ヘザーは野心家だからね(笑)。


ペール・ウェーヴスは最新作『Unwanted』を携え、10月31日(月)大阪BIGCAT、11月1日(火)名古屋クラブクアトロ、11月2日(水)東京・恵比寿ガーデンホール、11月3日(木・祝)横浜ベイホールで来日公演を開催。

Translated by Yuriko Banno

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE