リナ・サワヤマが大いに語る 過去のトラウマ、母親との関係、自分自身の再教育

リナ・サワヤマ(Photo by Marcus Cooper for Rolling Stone UK)

日本生まれイギリス育ちのポップスター、リナ・サワヤマは2ndアルバム『Hold the Girl』でトラウマ的な過去と折り合いをつけようとする。サマーソニックで大きな反響を集め、2023年1月に来日ツアーも決定した彼女が、自身を「再教育」する過程で得たカタルシス、30代の始まり、母親との関係について語った。

【画像を見る】リナ・サワヤマ 撮り下ろし写真ギャラリー(全8点:記事未掲載カットあり)

自分自身の再教育

この2年間、リナ・サワヤマはロンドン南西部にある自宅から出ることを怖がっていた。英国に住む全国民が何カ月にもわたって他人との接触を強制的に制限されていたのだから、彼女が恐怖を感じていたのも無理はない。だが、ロックダウンが一時的に解除されていた間も、彼女は独りで自宅にとどまり、デビューアルバム『SAWAYAMA』のプロモーションと曲作りを続けていた。

「自分自身を縛り付けていたんです。仕事に精を出しているのに鬱っていう奇妙な状態に、私と同じように不安を覚えていた人は少なくないと思う」。ニューヨークシティの撮影スタジオにある電飾付きの鏡の前に座ったまま、彼女は自分が健全とは言えない状態だった当時をそう振り返る。

そして今、彼女は世界中を飛び回っている。現在は東海岸ツアーの最中であり、今夜はクィア・ポップのファンを中心とした数千人のオーディエンスが集まる大きな会場での公演を控えている。数カ月前までは誰かと至近距離で接するだけでパニックに陥っていただけに、メイクアップアーティストと声を上げて笑い、ゴージャスな衣装に身を包むことが許される今の状況に、彼女は大きな喜びを感じている。撮影やコンテンツ制作を共にするフリーランスの人々を感染させてしまい、彼らが働けなくなってしまうことを常に危惧していたリナは、仕事に支障が出ようとも土壇場で予定をキャンセルし、敢えて先のことを話そうとしない思慮深い人物だ。


Photo by Marcus Cooper for Rolling Stone UK

あまりに長い時間を独りで過ごしただけに、内省的になることは不可避だった。「多くの人がそうだったように、ロックダウンの間に私は嫌というほど自分と向き合って、幸せの妨げになっているものについて考えていました」と彼女は話す。10代の頃に経験したトラウマを克服する目的で、彼女はカウンセリングや心理療法を続けていたが、ロックダウンの間は「より本格的で専門的なセラピー」をリモートで受けていた。「感情や心理的な面で、人生で最も苦しい経験の一つになりました」と彼女は話す。

セッションを介して複雑な思いが表面化し始めた時、彼女は2ndアルバムの制作を通じてそれらに折り合いをつけようと考えるようになった。「新しく始めたセラピーのおかげで、それまでとは異なる視点を持てるようになったんです。それをポップソングに昇華したかった」と彼女は話す。長年のコラボレーターであるローレン・アキリーナと一緒に作業しながら、2人は彼女が受けていたセラピーと、様々な問題や発見を楽曲で表現する方法について語り合った。それ以前のリナは、自分のことを知るほどに大きな感情の波が押し寄せ、堪えきれずに涙を流していたという。

2020年7月末の時点で、彼女は自分がサポートを必要としていることをはっきりと理解していた。「テイラー・スウィフトの『Folklore』を聴いて思ったんです。あのビッチが作りもののストーリーでアルバムを作れるのなら、私にできないはずがないって」

『Hold the Girl』に収録されたエクレクティックな全13曲で描かれるのは、精神的成長によって痛みを克服し、より幸せに満ちた場所へと辿り着くまでの過程だ。今作に封印されている自身のトラウマについて、一部のファンはその意味を推測できるはずだとしていながらも、彼女は今はまだ多くを語るつもりはないという。

「背景を意識することなく、まずはポップスとして純粋に楽しんでもらいたいです。リスナーがそこに自分自身を重ね合わせることが大切だと思うから」と彼女は話す。「そしていつか、その時が来たと感じたら、『Hold the Girl』の本当の意味について話せると思う」


Photo by Marcus Cooper for Rolling Stone UK

そんな今の彼女が進んで語ってくれたこと、それはセラピーの成果であり今作のテーマとなった「自分自身の再教育」というコンセプトだ。リナにとって、それは子供の頃に得られなかったものを自らに与えることを意味している。具体的には、言葉の通じないロンドンで彼女を女手一つで育てた、日本人の母親から与えられなかったものを指している。誰もが心の中に幼い自分を抱えているとすれば、それは与えられるべき愛情と関心を切実に求めているはずだ。

最近では、30代に入ったミレニアル世代の女性ポップアーティストが、より成熟した価値観と内面を表現するケースが多く見られる。

パンデミックの最中に30歳になったリナもまた、当時英国で定められていた「会合は最大で6人まで」というルールに沿って、親しい5人の友人を招いてささやかなパーティーを開いた。彼女は30代を迎えたことを歓迎している。「30歳になって、それまでとは違った自信が湧いてくるのを感じました。他人が自分のことをどう思っているのか、以前ほど気にしなくなったから」

以前の彼女は、自身を再教育する余裕を持ち合わせていなかった。「20代の前半や半ばくらいだと、まだれっきとした大人とは言えない。若造が自分の再教育なんてできっこないですよね?」と彼女は修辞的に問いかける。

「30歳になった時、ようやく正真正銘の大人になったと感じたんです。過去に起きたことを大人のパースペクティブで振り返ることが、それまでは絶対にできなかったから。両親は30歳で私を産んだんですけど、その事実にも改めて驚いています。この歳で親になるなんて、今の私には考えられません」

彼女のいう「自身の再教育」の具体的な内容はというと、中学校を卒業して以来遠ざかっていたアート制作に、日に1〜2時間取り組むことだ。気の向くままに手を動かし、その過程をただ楽しむこと。彼女は毎日、周囲の期待を意識しないよう自分に言い聞かせているという。子供の頃から成績や行動に高い基準が求められる日本の文化は、幼い彼女にとってプレッシャーになっていた。現在のリナのモットーは、仕事に精を出しながらも休息のための静かな時間を確保し、自分自身を労うことだ。

頭角を現しつつある女性ポップアクトにプレッシャーはつきものだ。アルバムをリリースするたびに着実にキャリアアップしているチャーリーXCXのような同世代のアーティストにして友人がいる一方で、彼女はメイン・ポップ・ガールとは何かについて熱心に語り、例え「コケた」としても構わないという気丈さを備えている。

「フリーランスの人にとって、自分のメンタルヘルスを優先するというのはすごく勇気がいることです。私自身もフリーランスなので」。舞い込んでくるオファーの中から仕事を厳選することについて、彼女はそう語っている。「同じフィールドにいる女性アーティストたちをライバル視したくありません。誰かに先を越される前に自分がやらないといけないっていう、ありがちな強迫観念にとらわれないように意識しています」



リナが子供の頃、クリスティーナ・アギレラとブリトニー・スピアーズという、まるでタイプの異なる2人の女性がライバルどうしだとされていた。「馬鹿げてますよね」と彼女は話す。「競い合うのではなく、お互いに支え合うべきだと思うんです。ストリーミング時代の今は特に、限られた枠をみんなで奪い合うような状況ではないので」

リナのキャリアにおける特筆すべき点は、彼女がほぼ独力で今の地位を築いたことだ。「私は今31歳で、初めてレコード契約を交わしたのは29歳の時でした。特にポップのアーティストとしては、かなりの遅咲きですよね」

「ポップアーティストの多くは早い段階でスタートを切るし、この過酷な業界でキャリアを築くために、親がしっかりとサポートしてくれる。でも、私の場合は違いました。『SAWAYAMA』が話題になった頃も、母親はずっと日本にいましたし、彼女は音楽業界のことを何も知らない。そういう環境だったから、私は自分なりのやり方を見つけなければいけなかったんです。『1日が18時間しかないように感じるなんて健康的じゃない。私は無理をしない、睡眠時間を削ることで生産性が上がるわけじゃないんだし』っていうふうに」

長い間、彼女は自分が無理をしていることを自覚していたが、仕事のオファーに対してノーと言えるようになったのはつい最近のことだ。自分自身を2つに分け、よりソフトな方を自分だとみなした上で、もう一方とメンタルヘルスについて話し合うことが大切だという筆者の考えを伝えると、彼女は「その通りだと思います」と答えた。「自分の再教育をするようになってから、私は自分を”We”として扱うようになりました。何かをやるべきか考える時に、一方の私がそれは違うと感じていたら、しっかりノーと言えるようになったんです」

『Hold the Girl』のタイトルトラックは、自身の再教育についてのステートメントというべき曲だ。マドンナの「Like a Prayer」を彷彿させるオープニングからフロアキラーへと変貌するこの曲では、かつて見捨てた幼い誰かを大切にしようとする思いが描かれる。“罪悪感に打ちのめされることもある / 果たせなかった幼い自分との約束”。彼女はゼロ年代R&B風のボーカルスタイルでそう歌い上げる。“先へ進むの 私には無理かもしれないけど / あなたを回り続けるメリーゴーラウンドに置き去りにしてしまったから”

Translated by Masaaki Yoshida

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE