The 1975が惚れ込んだ22歳、ノー・ロームが語る「憧れの日本」と「アジア人の挑戦」

ノー・ローム(Courtesy of Hostess Entertainment)



世界におけるアジア人アーティストの立ち位置

ノー・ロームが日本にリスペクトを寄せていることは、1st EPを因藤壽に捧げたことだけでなく、「Do It Again」のMVを日本で撮影したことからも窺える。そもそも、今回我々がインタビューの機会を得ることができたのも、特にライブや撮影などのスケジュールがないにもかかわらず、日本に向けたプロモーションのためだけにこの地へ来てくれたからである。昨今、トップアーティストがワールドツアーを開いても、開催地として日本が飛ばされることも少なくない中で、ノー・ロームからは日本のリスナーに自分の音楽を届けたいという意志が強く感じられる。フィリピン人は世界的な音楽マーケットで見ればまだマイノリティな存在であるが、彼はそのアイデンティティを背負いながらなにを成し遂げたいのか。「日本」「フィリピン」「アジア」という場所を世界地図の中でどう認識しているか。アジア人同士だからできる話を、投げかけてみた。



―「Do It Again」のMVは、なぜ日本で撮影しようと思ったのですか?

ノー・ローム:まず1つ目の理由としては、EPのタイトルが因藤壽だったから、日本で撮影できたらいいなと思ったんだよね。2つ目の理由は、カプセルホテルのことを知ったから!

―カプセルホテル、ですか?

ノー・ローム:「なにこれー!?」って思ったんだよね。僕にとっては、あの狭さ・密集してる感じとか、そこで眠ることとか、その見た目とか、とにかくすべてがすごく興味深かったんだ。こういった眠る場所が他にもあると思うでしょ? ないんだよ! 日本のカプセルホテルほど革新的でデザイン性の高いところはないと思う。カプセルホテルだけじゃなくて、安藤忠雄とか、日本の建築家は好きだし、自分の作品にも影響を与えているんだ。

―あなたと同世代の敏感な日本人たちは、日本の現状に違和感を持っていたり、日本の未来に対して不安を抱いてたりもする。だからこそ、あなたがなぜそれほど日本に関心を持っているのか、ということをぜひ聞いてみたいと思うんです。

ノー・ローム:僕の場合は、やっぱり、日本のアートが好きなんだよね。日本の政治のことは詳しくないんだけど、自分の出身地って大嫌いになることもあるし、同時に大好きでもあるんだよね。僕にとってのフィリピンは、「この場所はおかしい!」って思うこともあるけど、でも大好きな場所。それが「ホーム」というものだと思う。外から見たときに生まれる憧れってあると思うんだけど、僕が日本に抱いているのはそういうものだと思うよ。

―あなたは、マニラの中でもとても暗いストリートで育ったと聞きました。それは本当ですか?

ノー・ローム:ああ、そうだね。フィリピン全体がそうだというわけじゃないよ、僕がいたストリートだけ。特にアーティストにとっては安全な環境ではなかった。綺麗な格好をして歩いていれば、誰かが襲ってくるようなストリートだったから。でも、その環境が余計に「自分のやりたいことをやらせてくれよ」という気持ちを大きくしてくれたんだと思う。そういった環境に自分の人生を邪魔されたくない、という気持ちで、自分で自分を守るためにも、髪の毛を染めたりしていたんだ。



―そういった背景が、よりノー・ロームさんをアートや音楽にのめりこませていったんですね。

ノー・ローム:そうだね。それが自分にとっての、自己表現の方法だったから。

―故郷もハードだったとはいえ、アジア人が欧米で生活するのは、決して簡単なことばかりではないと思うんです。私もニューヨークの近くに住んでいたことがあるから、わかることもあって。さらにいえば、ミュージシャンとしてステージに上がることも、決して楽なことばかりではないと思う。これまで、生活者として、ミュージシャンとして、人種的な壁にぶつかったことはないですか?

ノー・ローム:僕がやっていることは、ミュージシャンとして確実に挑戦だと思ってるよ。だってうちら(アジア人)は、やっと最近、世界の音楽マーケットに入っていけたところだからね。ようやく重要視されるようになった。もちろん、それまでまったく誰も注目されてなかった、というわけではないけれど、今注目を集めていることはとても美しいと思ってる。それでも、壁みたいなものは感じるよ。だってそういったアジア人のアーティストの中でも、フィリピン人は多くないしね、メインは中国人や韓国人だから。

―世界の音楽マーケットへの扉を開いたアジア人って、誰だと思いますか?

ノー・ローム:誰だろう……難しい質問だね。僕が前によく見ていたアジア人のミュージシャンの一人は……実はGACKTなんだよね(笑)。彼はその一人だと思うけど、誰が道を開いたのか、というのは本当にわからないなあ。

―あなたからGACKTという名前が出てくるとは思ってなかったです(笑)。

ノー・ローム:GACKTはビッグだったよね。欧米でもツアーをやってたし。MIYAVIもすごいよね。あとCAPSULE。Perfumeは、「チャンネルV」というアジアのMTVみたいなテレビチャンネルで知った。そこでは中田ヤスタカの音楽がたくさんかかるんだよね。アメリカの友達とはPerfumeの話をよくするよ。

―BTSなどの名前が出てくるかな、と思いました。

ノー・ローム:うん、K-POPって言おうかなと思ったんだけど……その前にアニメが出てきて、J-POPが出てきて「イントロがキャッチーだね」って話になったりして。で、そのあとにK-POPが出てきて、アメリカで愛されるようになった。僕が髪を染めると「K-POPの真似か?」とか言われて「違うし」って思うんだけどさ(笑)。たしかに、K-POPが現代ポップミュージックにおいては道を開いた部分があると思う。ただ、K-POPの人たちは「西洋化」をやっていて、彼らはそれをやるのがすごく上手だったんだと思うんだよね。

―なるほど。あなたは自身は、どういった表現や立ち位置を理想としていますか?

ノー・ローム:人種とかで括って人を見るのではなくて、ただ僕がなにをやるかを見てほしいと思う。それが僕のやりたいこと。ミュージシャンとして、アーティストとして、自然体でありたい。アーティストというのは、アジア人であることを示そうとするのではなく、ただその人のあるがままに、その人自身でいるのがいいと思うから。

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