The 1975が惚れ込んだ22歳、ノー・ロームが語る「憧れの日本」と「アジア人の挑戦」

ノー・ローム(Courtesy of Hostess Entertainment)



アートに対するこだわり、草間彌生へのリスペクト

コンテンポラリーアートに対する関心がThe 1975とノー・ロームを深く結びつけた、という話には合点がいく。The 1975も、アートワークやMV、ライブ演出の作り方などが洗練されているゆえに、社会への鋭い批判も、ドラッグに溺れる人間についての歌も、世界中のリスナーの耳と心に気持ちよく届けることができている、という側面があると思う。ノー・ロームのプロジェクトにおいても、先述したSamuel Burgess-Johnsonや、The 1975のMVも監督するAdam Powellらと手を組み、すべての作品が「音楽」に収まらない「アートプロジェクト」として創作されているように見える。


2019年5月に2nd EP『Crying In The Prettiest Places』と同時リリースされた、同作の収録曲「Pink」のMV(監督はAdam Powell)。音楽的にはマイ・ブラッディ・ヴァレンタインやスロウダイヴなどに影響を受け、独自のスタイルは“シューゲイズR&B”とも呼ばれている。

―あなたのアートワークやMVはいつも美しいですよね。

ノー・ローム:ああ、ありがとう!

―アートを作ることと音楽を作ることは、あなたの中でつながっているんだと感じます。

ノー・ローム:確実にそうだね。音楽はそういうことをやるためにベストな遊び場だと思ってるから。音楽を作って、映像も作って、アートワークや写真も作って、というふうにね。僕自身も、アルバムのアートワークから音楽に興味を持つことが多かったんだ。たとえばニュー・オーダーをよく聴き返すんだけど、それは彼らのアートワークが素晴らしいし、それにもちろん音楽もいいから。ニュー・オーダーに触れて、「これが僕のやりたいことだ」って確かめるんだ。

―小さい頃から音楽と同じようにアートが好きだった?

ノー・ローム:もともとアートのほうが大好きだったんだよ。両親が音楽を大好きだったから、小さい頃から音楽は自分の一部だったけど、一番最初に衝撃を受けたのはアンディ・ウォーホルやバスキアで、彼らが僕にとってのヒーローだった。音楽もすごく好きだけど、自分にとって音楽は息をするのと同じようなもので、アートは自分を情熱的にさせてくれるもの。



―アートに興味を持ったきっかけは? それも家族の影響?

ノー・ローム:いや、家族は誰もアートに特別な関心がないんだよね。きっと当時の僕は、家の外の世界になにかを求めていたんだと思う。スポーツもやってみたけど……まあ好きなんだけど、得意ではないんだよね。スポーツで活躍してる友達を見ながら、自分にはなにができるんだろう?って考えてた。それで、家にあったフィルムカメラで遊ぶようになって、「いい写真家って誰だろう?」と思って図書館で写真関連の本を見るようになって。そこからペインティングのことを知って、知っておくべき人のことや歴史を勉強し、ポップアートやコンテンポラリーアートのことを読みながら「こういう人が新しい流行を作っているんだな」と思っていた。そうやってのめりこんでいって、写真を撮りたい、映画を見たい、という気持ちが大きくなっていったんだと思う。

―その先で、アートスクールに進学することを選ばれたんですね。

ノー・ローム:そう。アートスクールの中では、日本のトラディショナルなアートに触れる機会があって、とても感心したし尊敬したんだ。アジアのカルチャーは、ある意味で、アートに身を捧げているような作品が多いと思っていて、僕はそういった姿勢を心から尊敬しているんだけど、その中でも最初に触れたのが日本のアートだった。フィリピンのアートも大好きなんだけど、僕は日本のコンテンポラリーアートの価値を強く認識しているんだ。

―日本のアートのどういったところが、そこまで魅力的に映りますか?

ノー・ローム:言葉で言うのは難しいんだけど……ミニマリゼーションとスペースの認識の仕方だと思う。草間彌生の作品を初めて見たときは、「Wow!」ってびっくりした。彼女は水玉模様を愛してる! クレイジー! でも彼女は水玉模様が大好きだからこそ、それを他のものに変えて、違った意味を持たせた作品を作っている。作品を見て「ただの水玉だ」って思う人もいるかもしれないけど、全然そうではないんだよ。そうやって、違った認識の仕方ができる目を持っている、というところが素晴らしいと思う。

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