サイエントロジーの脱会者「第2世代」に密着 カルト集団で生まれ育った苦悩を語る

サイエントロジーの脱会者、クリスティ・ゴードン氏の幼少時代のスクラップブック。(Photo by Justin Kaneps for Rolling Stone)



サイエントロジー以外の「信仰」を探して

アビゲイルの場合、サイエントロジーとの決別は長く難しいものだった。彼女は母親が運営する一般の医療企業で仕事を見つけたが、ハバード氏のビジネス理論を用いて従業員をしごきにかかった。井戸端会議を禁じ、一貫した方針を敷いて、生産性の「数値」をあげるよう社員の尻を叩いた。当然ながら友達はほとんどできず、せっかくの努力も報われなかった。恋愛のほうも上手くいかなかった。あらゆる誤解の根元にはある種の罪がある、とするサイエントロジーの教えを信じていた彼女は、恋人と喧嘩した時も相手に罪を告白させて解決しようとした。その一方で、アビゲイルはサイエントロジーにはそもそも人生指南があったのかどうか、疑問に思い始めた。「ある日突然、『どうして私は何も感じられないの?』と思った」と本人。「どうして私はこんなに心を閉ざしているのだろう?」 脱会して6カ月経ったころ、バスの中で大きな問いにぶち当たった。「私は何度も何度も生まれ変わる永遠の魂の持ち主なのか? それとも、ただの細胞の寄せ集めなのだろうか?」。それまで自分には何百万もの人生があると思っていた。それが今、たった一つしかないと知って恐ろしくなった。

アビゲイルはサイエントロジーが残した穴を埋めようと努力してきたが、そう簡単ではなかった。ユダヤ系のルーツを辿ってみたが、イスラエルへの巡礼の途中で、正統派ユダヤ教の男性が自分から目を逸らすのを見てショックを受けた。シー・オーグの甲板での記憶が脳裏によみがえった。急進派の彼女は、イスラエルとパレスチナについて年配のユダヤ人と議論を交えることもあるし、ユダヤ教の罪に関する言葉遣いや怒れる神という考えには眉をひそめる。にもかかわらず、彼女は心のよりどころとなる信仰、自分の居場所となれる仲間を見つけたいと願った。ユダヤの教えを受けて育ったわけではないが、母親がユダヤ系なので、伝統に従えば彼女もユダヤ人ということになる――少なくとも血筋の上では。それがアビゲイルのよりどころだ。サイエントロジー信者になる以前の――サイエントロジー信者という以外の――自分を示す、数少ない事柄のひとつ。過去や家族、自分を超えた存在とつながるための手段なのだ。そして試行錯誤しながら、ドグマや原罪、権威を否定し、儀式や懺悔を容認する自分なりの信仰を持とうしている。自分でも何がしたいのかよくわからない、と彼女は言う。ただ分かっていることは、他のユダヤ人とは深いつながりを感じられるということだ。まるで自分の身体に存在意義や帰属意識が眠っていて、ヒントを与えてくれているかのように。

避難所での2日目の夜、まだ起きていた人々がキッチンテーブルで、長身の元薬物中毒者ネイサン・リッチ氏の周りに集まった。彼は椅子に座って、指を瞼に押し当てながら、肩で息をしていた。ほんの少し前、別のメンバーが何年も疎遠だった母親と再会したという話をしていた時、リッチ氏がまるでボロボロの人形のようにへなへなと崩れ落ち、テーブルに突っ伏しているのをゴードン氏が見つけた。彼女が近づくと、彼は声を詰まらせて言った。「僕は母さんとそういうことはできない。もう二度と」。彼が母親と言葉を交わしたのは、母さんなんか大嫌いだという手紙が最後だった。今なら母親のことがもっと理解できる、仲直りしたいんだ、と伝えたいのだが、それももうできない。母親は2010年に他界した。ゴードン氏は彼と一緒に泣いた。シルヴァーマン氏もその場にいた。彼女は母親と10年も口をきいていなかった。

どうしたらよいものか、どう慰めていいものか誰もわからない。彼が間違っているとも言えない。そこで、全員で彼をハグした。セラピストと話をしてみればいいよ、という意見に、リッチ氏は顔をあげる。「なぜ?」という彼の顔は、再び無表情だ。「なぜだか教えてくれよ。あんなことが起きた後で、他人を信じろっていうのかい?」。メンバーは真夜中過ぎまで、彼の問いに応えようと話し合った。話が終わっても、彼は納得していなかった。「そうするべき理由がどうしても分からないよ」。玄関で靴ひもを結んでいると、彼が話しかけてきた。「お金を払ってまでやる価値があるんだろうか?」

この日まだ宵の口のころ、アビゲイルは洗面所へ行って頭にスカーフを巻き、台所からクラッカーを2枚くすねた。そして誰にも気づかれないように、玄関からそっと出ていった。彼女は最近ローシュ・ハッシャーナーに関する本を読んで、川にビーズを投げて罪を清めるというユダヤの新年の儀式について知った。だがアビゲイルは罪という考えが好きになれなかった。いかにもサイエントロジーらしい感じがしたのだ。そこで彼女は自分なりに儀式をアレンジして、ブルックリン・ブリッジまで歩いていき、クラッカーを川に落とすことにした。罪の象徴ではなく、彼女と神の間に立ちはだかるすべてのものの象徴として、クラッカーが全てを解放してくれるだろう、と。

彼女は夜の闇へと歩いて行き、小雨と、風と、霧の立ち込める嵐のブルックリンの夜へと進んでいった。他にもユダヤ人が列を作っているのではないかと半ば期待しながら、橋へと向かう。誰の姿も見えない。だが、街のどこか、儀式に参加している人がいると思うだけで十分だった。橋へたどり着いたものの、どうすればいいかわからなかった。しばらく立ち尽くした後、それから跪いてクラッカーを手すりの隙間から落とし、クラッカーが水面に落ちる様子を眺めた。顔をあげると、自由の女神が霧の中からぼんやり浮かび上がっているのが見えた。自分でも驚いたことに、感動していることに気づいた。ユダヤ人の祖先たちは東ヨーロッパの虐殺を逃れ、この港へ流れ着き、自分が今見ているのと同じ像を目にしたのだ。彼女は母親を思った。いまもサイエントロジーにいる母親を。こうして橋にたどり着くまでの長い年月を思った。そして踵を返し、ふたたび集会へと戻っていった。


Translated by Akiko Kato

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