サイエントロジーの脱会者「第2世代」に密着 カルト集団で生まれ育った苦悩を語る

サイエントロジーの脱会者、クリスティ・ゴードン氏の幼少時代のスクラップブック。(Photo by Justin Kaneps for Rolling Stone)



ドラッグに手を染めて中毒になった者も

最初の数人がおざなりの自己紹介をした後、1人が流れを変えた。30代の丸刈りの男性は、妻の両親がサイエントロジーの信者で、孫に会おうとしないのだと言った。数カ月おきに、彼は孫の写真を義理の両親の郵便受けにこっそり入れているが、返事は一度もない。隣にいた金髪の女性がうなずく。彼女の家族はサイエントロジーに勧誘され、幼い時にロシアから渡米した。11歳から独りで暮らし、数年前に脱会した。今は幸せな結婚生活を送ってはいるものの、決して楽ではなかったという。死産を経験した後、現在は自閉症の子供を育てている。「他のママたちからいつも、すごくテキパキしてるわねと言われるんです。でも、私はただ機械的に処理しているだけ。“正しいことをしたい”だけなんです」と、悪い状況の対処法としてサイエントロジーが使う表現を使った。「哀しいと感じたことすらありません」。セラピストの助けを借りて努力しているが、なかなかうまくいかない。「第2世代は、後から入信した人よりもずっと大変なんです」と彼女は言う。「後から来た人たちは、以前のアイデンティティに戻ることができる。私たちは、何もないところからアイデンティティを見つけようとしているんですもの」

カルト集団の専門家でセラピストでもあるシンディ・マシューズ博士は、カルト集団(心理学者たちは「要求の高い集団」と呼ぶ)の第2世代はしばしばこうした問題に直面すると言う。大人になってから入信して脱会した人々は、過去の自分とつながることができる分だけ恵まれている、と博士は言う。「彼らにとっては、過去と再びつながって、再確認し、やり直すだけ。でもSGAはそうはいかない。彼らのアイデンティティはカルト集団なのですから」

避難所では自己紹介が続いていた。ドゥウルフ氏は他の参加者に一族の行いを謝罪した。「僕の家族は、他の家族の皆さんに本当に申し訳ないことをしました」と言い、自分の映像編集のスキルを活かして、サイエントロジーの子供たちのWEBサイトでの情報共有に協力する、と宣言した。別の女性は本の一説を読み上げ、幼少時代のつらい経験が心臓発作や免疫不全、早死を引き起こす可能性があると述べた。「思想は弾丸を跳ね返す」のTシャツの彼はクリス・シェルトンと名乗り、YouTubeのチャンネルを運営していると言った。元シー・オーグのメンバーで、現在はサイエントロジーをはじめとするカルト集団の主張を検証するのがライフワークになっている。

ブルックリン生まれのデヴィッド・アンソニー氏は記念品をいくつか持参していた。シー・オーグの客船アポロ号をバックに、母親と浜辺を歩いている白黒写真。タイプされた手紙はサイエントロジー創設者のL・ロン・ハバード本人から届いたもので、11歳のアンソニーに何やら重要任務を手伝ってほしいと書かれていた。「みなさんとは初対面ですが」と彼は集団に向かって言った。「皆さんが経験してきたことはよくわかります。みなさんも僕の経験がお分かりでしょう。つまり僕らは知り合いなんです。この会は素晴らしいですよ、だって僕らみたいな人間は世の中にそういないじゃないですか」。彼は泣き出し、ゴードン氏が抱き寄せる。「ほら、僕らも感情を持てるようになった」とアンソニー氏。「感情って本当に重要なんです。時間はかかったけど」

続いてはネイサン・リッチ氏の番。真面目で、物静かで、ひょろっとした彼は、この1時間ずっとうつむいていた。ようやく口を開くと、最初にメイス・キングスレー・ランチ(いまはもう存在していないが、2人の著名なサイエントロジー信者が運営していた子供を対象にした教会関連団体)に送られたときのことを語った。彼は更生キャンプと呼んだが、当時彼は8歳で、言うことを聞かないと板で叩かれたという。

施設では薬物の使用は禁じられていたが、彼はあそこで薬物に手を染めたと言っている。一度更生しようと試みたことはある。サイエントロジーの仕事をして、サイエントロジーの恋人を作って、空いた時間にサイエントロジーの学校に通った。だが結局脱走して、路上生活を送った後、ドラックを売りながら自分も中毒になった。脱走して間もない頃、一度母親に電話して許しを請うた。母親は彼に教会の再入信用の電話番号を伝えると、もう2度と電話してくるなと言った。何年も薬物中毒とホームレス生活を続けた後、ようやく素面になって、路上生活からも抜け出せた。サイエントロジーを離れて20年近くが経ったが、同じ境遇の人と親しく話をするのは10年ぶりだという。


脱会者の一人、トリスタン・シルヴァーマン氏。2019年5月、カリフォルニア州にて(Photo by Justin Kaneps for Rolling Stone)

Translated by Akiko Kato

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