ヒラリー・クリントン VS バーニー・サンダース:充実の戦いの全貌

共和党の候補指名獲得レースと比べると、ヒラリー・クリントンとバーニー・サンダースの白熱したアイデアの競い合いは品格と知性の点で別世界のようにさえ感じられる(Photo by Joe Raedle/Getty Images)


ライシュによれば、クリントンが大統領に選ばれたとしても、彼女の最も野心的な政策提案──たとえば有給の家族/医療休暇──は「現在の状況では(成立する)可能性はまったくない。何か良いことが実現するとしたら、それはワシントンの外にいる人々が大規模動員されて物事を成し遂げる場合だけだ」。もちろん、これはサンダースの処方箋である──そして彼自身、壮大な挑戦を意味する考え方であることを認めている。つまり、民主社会主義者の大統領を生み出すのに必要な草の根の有権者のうねりが11月以降も維持されて、議会に行動を余儀なくさせなければならない。しかし現時点で、この論には1つの事実が厚い壁として立ちふさがっている。すなわち、共和党の荒れ狂う予備選が空前の数の有権者を引き寄せているのに対し、民主党員の投票率は大きく落ち込んでいる。「サンダースが新しい人々を選挙に呼び込むという理論は、すでに誤りであることが証明されている」と、アメリカ進歩センターのタンデンは言う。「投票率の点で、まったくそこまで達していない」




サンダースの論点の多くに賛同する元下院議員のフランクは、過去に彼の選挙戦に関わったこともある(「一度、バーリントンで彼の資金集め集会をやった。私はカナダ人ではないので、あれは私が居たい場所とは本当に遠く離れた土地だった」)。そのフランクは、よくサンダースと間違われると言う(「ほぼ同い年で、二人ともニューヨーク訛りのあるユダヤ系。彼のような経歴の持ち主が大統領になれると思っていれば、私が自分で出ていたよ」)。それでも、大統領になればワシントンを完全に変えられると思っているサンダースは甘いという。「我々は革命を起こして公的医療保険制度のようなことを実現するという構想は、国民全体にわたる増税を意味する」と、フランクは言う。「クリントン政権時代の増税案採決で私は彼と(下院で)一緒だった。あの増税案は両院とも1票差で可決された。彼はあれが失敗だったように仕立て上げ、自分が(責任ある地位に)いれば、もっとやりようがあったのにと言う。彼に味方がいればよかったと思うが、そうではなかった。もし味方がいたのなら、25年にもなる上院と下院での議員生活で、なぜもっと多くのことができなかったのかということになる」

サウスカロライナ州でクリントン応援のために電話をかけるボランティアのアニタ・ブラウン(Photo by Scott Olson/Getty Images)




それでもなお、サンダースの主張の道徳的な力が、怒りをあおるトランプ陣営の愛国主義の対極にあるものとして定着していることには理由がある。トランプの愛国主義は経済的な不安に根付いている部分も大きい。中産・労働者階級のアメリカ人と政治的エリートの断絶は経済をめぐる論議から生まれている。経済学者のライシュによると、公式の雇用統計は改善していても、インフレ調整後の平均世帯所得は2000年時点よりも下がっており、経済的安定を測るあらゆる指標が「歴史的な低水準」にある。最富裕層への富の集中度は19世紀後半の「金ピカ時代」に匹敵する水準だと、ライシュは言う。「両党の主流派は何が起こっているのか理解していない」と、彼は言う。「人々は政治家にだまされることにうんざりしている。私は長い間、この政治環境の内側と周辺に身を置いてきたが、これほどの怒りは見たことがない。それなのに二大政党は、ヒラリー・クリントンは信頼性に問題があるとか、ジェブ・ブッシュは有権者とつながっていないなどと言って党員集会や予備選の結果を説明している。本当に起きていることについて語っていないわけだ」




ライシュは、北米自由貿易協定(NAFTA)や環太平洋経済連携協定(TPP)のような自由貿易協定に対する超党派の支持を例に示す。「通商政策は最上位層の人々の役に立つだけで、雇用階層の中間部分を奪い取って多数の人を賃金水準がとても低いサービス業に追いやった」と、ライシュは言う。「平均賃金が停滞し始めた当初、多くの世帯がまずしたのは妻や母親が働きに出ることだった」と、彼は続けた。「賃金の低下がなおも続くと、第2の手段として働く時間を増やすようになった。それでも対処できなくなると、第3の手段として借り入れを増やした。多くの人が住宅ローンの残っている家を担保にした。そしてバブルがはじけると、人々は現実のありさまに目を覚まし、銀行の救済をはじめとする事態の進展に怒りをつのらせ、それが一方では『ティーパーティー(茶会)』運動に、もう一方では『オキュパイ(占拠)』運動につながった。この動きは終わらない。なぜなら、既成の政治家たちが実態を認識していないからだ。彼らは左と右の対立としか思っていない」





サウスカロライナ州での集会で壇上に現れたクリントンには高揚感がうかがえた。白とグレーの粗織りのツイードジャケットに身を包んだ彼女は、声がかすれ気味だった。それでも演説はすぐに本選挙に焦点を移し、共和党の指名獲得争いでトップを行く候補に照準が定められた。そのトランプは同じ週末にムッソリーニの言葉をリツイートすることになる。クリントンは力強さと自信をみなぎらせて、こう言った。「みなさんがどう聞かされていようと、アメリカを再び偉大にする必要などありません。アメリカが偉大でなくなったことなどないのですから」




聴衆の中にいた61歳の女性図書館員、シェリー・ウィリアムズは20年前からクリントンのキャリアを追い続け、「すべてに耐えて強くなる一方」であることに敬服していると言った。ウィリアムズはクリントンが頼みにするアフリカ系アメリカ人の有権者の1人だが、そのウィリアムズも無条件にクリントンを支持しているようには思えなかった。彼女はサンダースのメッセージにも耳を傾けている。「実際、私の長女は彼を支持しています」と彼女は言い、サンダースの「壮大な構想」はいいと思うが「提案していることを実現できるとは思えない」と付け加えた。



そのそばにいた男性の1人は、つばの広い釣用の帽子をかぶり、オールマン・ブラザーズの1人を思わせる風貌だったが、やはりウィリアムズに似た意見だった。「バーニー・サンダースは尊敬している。彼の言うことの90%に賛成だが、ドナルド・トランプは次の大統領として考えただけでも恐ろしい。元ロックンロールのサウンドエンジニアでトニー・ヤーボローという名のこの男性は、私にこう言った。「候補者のなかでヒラリーがいちばん有能な人だと思う」



クリントンはスーパーチューズデーの勝利演説で、トランプに対する攻撃の新バージョンを繰り出した。言い方も少し変わり、悲しそうに困惑した表情で静かに言った。「私たちにはやらなければならない仕事があるということ、それはわかっています。しかし、その仕事はアメリカを再び偉大にすることではありません」と、そんなことを言う人がいるとは心が痛むという気持ちをにじませた。「アメリカが偉大でなくなったことなどありません。私たちはアメリカを一つにしなければならないのです」



その約30分後、トランプはそのすぐ北のフロリダ州パームビーチで支持者の前に現れた。一部の民主党員は彼の台頭にほくそ笑んでいた。トランプが相手なら秋の本選は楽勝というわけだ。しかし、トランプは演説を始めるとすぐに、誰が相手でも鎧の下の弱点を突く特異な能力を再び示した。「アメリカを再び一つにする?」と、彼は薄ら笑いを浮かべて言い、まるでクリントンがビジョンボードと癒しのクリスタルで雇用創出計画を示したかのように、そのフレーズをわけなく戯言あつかいした。「いったい何のことだ?」






スーパーチューズデーの夜、フロリダ州パームビーチの「マーアーラゴ・クラブ」で演説するドナルド・トランプ((Photo by John Moore/Getty Images)



それでもなお、「トランプ大統領」がもたらす信じられないまでの危険の大きさがあらわになるなかで、クリントンの陳腐な言葉も必要な真実であるかのように響き始めている(「大統領選挙に立候補した人間が今、この時期に、私たちはアメリカにもっと愛とやさしさを必要としていると言うのは少し変でもあることはわかっています。でも、私は心の底から言います。私たちはそれを必要としているのです」)。






予備選でのサンダースとの戦いが、クリントンをずっと強い候補者へと変えたことも間違いない。今のクリントンは以前のような力みが消える一方で、メッセージは焦点と迫真性が深まっている。ニューヨーク・タイムズ紙の記事によると、クリントン陣営は「2人の大物代理人」に助けを借りてトランプをたたく準備を進めている。その1人は、「ビッグ・ドッグ」ことビル・クリントンその人で、トランプの「新しいサイクルを揺り動かす能力」を鈍らせるために「遊説に全力を尽くす」としている。もう1人はオバマ大統領で、「トランプに大統領府の任務をさばく能力はないことを示すのにやぶさかではないと盟友たちに語っている」。



この反乱の時期に、それだけで十分なのか。「カギは、彼女がこの選挙戦の第2局面と第3局面をどう扱うかだ」と、民主党で世論調査を手がけるハートは言う。予備選で広がる分裂については心配していないという。「他の年だったら修復できない傷が残るだろうが、今は違う」と、ハートは言う。「バーニーに票を入れた誰もがヒラリーを見て『敵がいるぞ』と言うとは思えない。民主党員が本選挙に行く時期までに溝は埋まる、これはそんな状況だと思っている」

Translation by Mamoru Nagai

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