リアル・エステートが語る「郊外の日常」を歌う理由、ギターポップと共に年齢を重ねる喜び

Photo by Sinna Nasseri

結成から15年のインディ・ロック・バンドから、こんなにもフレッシュなアルバムが届けられるなんて! と、嬉しい驚きが感じられるのがニュージャージーのリアル・エステート(Real Estate)の6作目『Daniel』だ。何しろ収録されている11曲中10曲が3分台以下で、そのすべてが優しく親しみやすいメロディーのあるポップ・ソング。どこか懐かしさも感じられるギター・ポップという基本路線が大きく変わっていることはないが、その分、「ソング」としての完成度が見事に高められた一枚なのだ。

今回「簡潔なポップ・ソングの詰まったレコードを作りたい」という意識がバンド側に明確にあり、ケイシー・マスグレイヴス『Golden Hour』を手がけたことなどで知られるダニエル・タシアンにプロデュースを依頼。ストリングスや打ちこみなどによる凝ったアレンジメントが随所に見られた前作『The Main Thing』(2020年)とは対照的に、ギター・バンドとしての生き生きとしたアンサンブルをそのまま生かすものに仕上がっている。ヴェテランの領域に入りつつあるバンドが自分たちの原点を振り返る意味合いもあったのだろう。

しかしながら、無理をして若者ぶっているわけではないし、あるいは失われた若さを懐かしがっているわけでもないのが『Daniel』の気持ちよさだ。ソングライターのマーティン・コートニーは生活感や日常の風景を歌に取りこむタイプで、だから自然と近年は年を取ることや親であることが歌詞のモチーフになっている。初期から描かれてきた郊外の景色も、青春の舞台というより子どもを育てる場所へとゆるやかに変化しているのだ。

爽やかな若々しさによって注目されたロック・バンドも年を取る。メンバー・チェンジを経つつ地道な活動を続けてきたリアル・エステートは、その積み重ねがあったからこそ『Daniel』ではフォルムとして洗練された瑞々しさを生み出すことができたのだ。何というか、ギター・ポップとともに年を重ねることが嬉しくなるアルバムである。すっかり父親の顔になったマーティン・コートニーにZoomで話を聞いた。


一番左がマーティン・コートニー(Photo by Sinna Nasseri)


R.E.M.への敬意と「自然体の温もり」

―新作『Daniel』聴きました。キャリアが15年以上のバンドとは思えないほどのフレッシュさと、同時にたしかなプレイヤビリティを感じさせる洗練が共存している見事なポップ・レコードだと感じました。

マーティン・コートニー(以下MC):ありがとう!

―少し遡ってお聞かせください。前作『The Main Thing』はストリングスやドラムマシンの導入などアレンジ面で新しい試みを見せたアルバムだったと思うのですが、いまから振り返って、リアル・エステートにとって『The Main Thing』は何を達成したアルバムだったと感じますか?

MC:あのアルバムに取りかかっていた当時はバンド歴10年を迎え、5枚目のアルバムだったこともあり、重要な作品だった。特別なことを何かやりたいと考えていたし、新たなサウンドの発展を目指した。だからこそ、ストリングスを入れたり、シルヴァン・エッソのアメリア(・ミース)などにゲスト参加してもらい、自分たちのサウンドの幅を広げたかった。最初の4枚のアルバムを通して自分たちのサウンドは確立していたから、前作ではリアル・エステートとして様々なサウンドを表現できることを証明したかった。『The Main Thing』には、いろんなアイデアが詰まっているよね。自分たちのサウンドをさらに発展させ、壮大で雑然感のあるアルバム……つまり、奇妙かつポップな作品を目指した。その結果、いい作品に仕上がったと自負している。でも、今回の新作はその逆方向に戻りたかった。あえてサウンドは多過ぎず、非常にシンプルかつポップな作品にしたかったんだ。アコースティック・ギターを使用し、温かみのあるサウンドを目指したよ。



―新作『Daniel』はすべてシングル曲のようなポップ・ソングが詰まったレコードを作りたいという動機から生まれたアルバムだそうですが、それはずっと前からあったアイデアだったのでしょうか? それとも、『The Main Thing』からの反動という意味合いもありましたか?

MC:前作からの反動という意味合いもあるけど、前作『The Main Thing』をリリースした数年後に起きたコロナ渦でツアーをすべてキャンセルした状況も関係している。これまでとは違う方法で新作用の楽曲を書き始めたところ、最初に出来上がった数曲がポップ色の濃いものになった。そういう方向に向かっていたというか、ポップ寄りな楽曲への探求が楽しいと感じて「ポップ・ソングのみ収録しよう」と思ったのがきっかけ。過去のアルバムでもポップ・ナンバーはもちろんあったけど、長尺だったりサイケデリックな収録曲もあったから。

―「ポップ・ソングが詰まったレコード」というと、わたしはたとえばティーンエイジ・ファンクラブのようなインディのギター・ポップ作品を思い浮かべるのですが、あなたにとっては何かロールモデルになる具体的な作品はあったのでしょうか?

MC:うん、ティーンエイジ・ファンクラブのこともじつは少し考えた。「ディストーションをかけたギターが入っているパワーポップ的なアルバムもいいかな?」ってね。でも、アルバム『Daniel』の大半の楽曲を書いた2022年頃によく聴いていたR.E.M.のアルバム『Automatic for The People』からおもにインスピレーションを受けた。あのアルバムは、具体的なヴィジョンを提示することに成功した驚異的な名作で、タイトなポップ・ナンバーが満載。「Everybody Hurts」や「Man in the Moon」等のシングル曲も素晴らしいよね。「Everybody Hurts」はメロドラマ的で、どこにいても耳にするような曲。完璧で、秀逸な楽曲だと思う。楽器編成は古典的で、アコースティック・ギターやマンドリン、オルガン、ピアノなどを使用しているけど、カントリー系でもアメリカーナでもない。彼らは特定のジャンルを目指すことはしなかった。そして、あのアルバムは素晴らしい楽曲揃い。今回の新作『Daniel』はそういうアルバムにしたかったんだ。インディ・ロックでもなく、カントリーでもなく、古典的な楽器を使い……つまり、木の温もりを感じさせるようなレコードを作りたかった。だからこそ、僕はアコースティック・ギターをすべて自分で弾いたんだ。




―ヴォーカル・ハーモニーや曲調とかもR.E.M.っぽさもあるような気がしていますが、あなたにとってR.E.M.というバンドはどういう存在なんですか?

MC:R.E.M.っぽさがあるなんて、お世辞でも嬉しい! R.E.M.は子供の頃から大好きで、とくに『Automatic for the People』は高校時代に愛聴していた。もう何年も聴いてきて、ここ数年前から再び聴き直すようになってね。 まず第一に、マイケル・スタイプの唯一無二の歌声が大好き。あの歌い方もいいよね。 僕のヴォーカル・スタイルとは違うと思うけど、マイケル・スタイプから影響されたのか、新作『Daniel』では、自分のヴォーカルをダブルに重ねて録音するのをやめたんだ。つまり、今回のアルバムで録音した僕のヴォーカルは、ほぼすべてシングル録音。完璧を目指すよりも、ヴォーカルのパフォーマンスを重視した。これまでの僕は、エリオット・スミスからの影響で、無意識のうちにつねに自分のヴォーカルをずっとダブルで録ってきた。彼(エリオット・スミス)のヴォーカルは、ダブル・トラックで完璧なメロディーを作り上げているからね。ヴォーカルを重ねるとシングル・パフォーマンスよりも完璧に聴こえるから、これまではシングル・ヴォーカルで録ることが怖かったんだ。より居心地良く感じるかどうかはわからないけど、きっと細かいことを気にしなくなったんだろうね……(笑)。深刻に考えすぎず、とにかく歌うことを楽しんだ。もちろん、今回も真剣に自分の音楽に取り組んだよ。でも、新作では考え過ぎず、自然体でいることを優先させたんだ。

―シンプルなポップ・ソングが詰まったアルバムを作りたいというモチベーションと、今回プロデュースをダニエル・タシアンさんに依頼したことはどのように関係していますか?

MC:間違いなく、シンプルなポップ・ソングが詰まったアルバムを作りたいという気持ちと関係しているね。プロデューサーの人選については、当初何人か名前が挙がっていたけど、ダニエル自身が素晴らしいポップ・ソングを書くひとで、メロディーに関して素晴らしい耳を持っているから、個人的に大好きなソングライター。美しい楽曲を書くし、とりわけ彼がケイシー・マスグレイヴスの作品で発揮したコライター&プロデューサーとしての仕事ぶりには大いに刺激を受けたね。僕は、自分の曲をより簡潔なものにしてくれるプロデューサーを探していたから、ダニエルには何か新たに足してもらうのではなく、不要なものを削ぎ落として、純粋かつ洗練された楽曲に仕上げてほしかった。ポップ・ソングの制作に長けているダニエルと仕事ができて最高だった!



―レコーディング中、タシアンさんに言われたことやアドバイスを受けたことでとくに印象に残っているものはありますか?

MC:彼のアドバイスでとくに印象に残っているのは「この曲では1つのコードでうまくいくのに、どうして2つ必要?」というようなことだった。ダニエルのおかげで、少ないコードでより良い楽曲に仕上がることがわかったから。彼の最大の貢献は、そのポジティヴな姿勢。音楽に対して本当に熱心で、スタジオ入りしたとき、僕らをやる気にさせてくれた。僕らの音楽を気に入っていることが伝わってきたし、スタジオ内で興奮気味に飛んだり跳ねたりしていたよ(笑)。スタジオで会うまでは電話で数回話しただけだったから、ダニエルがいったいどういうひとなのかまったく知らなかった。グラミー賞受賞プロデューサーだから、真面目でお堅いひとかと思っていたけど、実際はとても楽しいひとだった。

Translated by Keiko Yuyama

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