SZAロングインタビュー 葛藤を歌うシンガーの新たな季節

グラミー賞での屈辱

その日、「Snooze」の撮影現場に到着した私は、2張の大きな青いテントが並ぶ「ビデオ・ビレッジ」なるものに案内された。その先にある小さな建物のなかでSZAとビーバーがベッドルームのシーンを演じるあいだ、チームのメンバーと私は、屋外に設置されたモニターの映像を見つめた。あまりお金のなさそうな若いカップルに扮したふたりは、床に直置きのマットレスの上でタバコを吸っている。SZAは、思いついたばかりのメロディを音声メモに録音するかのように、スマホとビーバーの両方に向かって「Snooze」を歌っている。

撮影がひと段落すると、SZAはピンク色のミニ扇風機を片手に紫煙をくゆらせ続けた(たばこは、単なる小道具ではなかったようだ)。ベッドルームのセットから機材が引っ張り出されたかと思うと、スタッフは次のシーンの撮影に向けて準備をはじめた。ビーバーとのピクニックのシーンだ。いまのところ、誰もが撮影に興奮している。


「Snooze」MV撮影中のブラッドリー・J・カルダー監督、SZA、ジャスティン・ビーバー(Photo by Bucci_@kombucci)

トレーラーの向こうでは、陽が沈もうとしていた。長丁場の撮影は、順調に進んでいる。先ほどSZAはメイクの件で少し揉めていたが、それ以外は終始リラックスしている。「しっかり準備することで、不安がだいぶ解消される」と、SZAは撮影の合間に明かしてくれた。「今回のMV撮影が嫌じゃない理由は、スタイリストと衣装合わせをし、友達にも相談し、全貌を把握できたから。ヘアスタイルやメイクの担当ともグループチャットで話をした。でなければ、私は反抗的な態度を取っていたと思う」とSZAは言った。スタッフと密にコミュニケーションを取り、入念な計画に基づいてMVを撮影するのは、今回が初めてだという。「ビッチにならないため」には、こうした準備が不可欠であることに気づいたのだ。

おかげで、今後のより大きなプロジェクトのための心構えもできたという。「雑誌の表紙やカントリーミュージック協会賞、MTVビデオ・ミュージックアワード(VMA)といった大舞台での(これまでなら断ってきた)パフォーマンスのオファーが来ても、これからは受けるつもり。私の人生を変えてくれるかもしれないから」。

『SOS』の成功によってSZAは、「なぜ自分は、アメリカが世界に誇るアワードの舞台でパフォーマンスをしたいと思うのか?」と考えるようになった。だが、明確な答えは出ていない。トレーラーの外で筆者は、それによって具体的な“何か”が得られるからではないか、と質問した。すると彼女から「そもそも、何が得られるとかじゃないの。そういう場所でパフォーマンスをすれば、自分の人生に計り知れない影響が及ぶ。だから怖いっていうのもあるんだけど。たとえばVMAで素晴らしいパフォーマンスを披露すれば、きっともっとビッグになれる。黒人の私が、伝統的に白人の音楽とされてきたカントリー音楽のアワードの舞台でいいパフォーマンスをすれば、さらにビッグになれると思う。グラミー賞授賞式でパフォーマンスを披露するだけでなく、受賞もできれば、もっともっとビッグになれる。そう思うから、余計に足がすくんでしまう」。


Photo by Gianni Gallant 
DRESS BY DI PESTA. SHOES BY BY FAR.


元来負けず嫌いのSZAにとっても、『SOS』はかなりの自信作だった。それでも、同作が大ヒットしたことに驚いたという。「1位になったのは意外だった。どうせテイラー(・スウィフト)に蹴散らされると思ってたから。世間が私にどんな音楽を期待しているかなんてわからないし、どの曲が人気になるかもわからない」。

『Ctrl』の勢いに後押しされ、SZAは2018年の第60回グラミー賞で「最優秀新人賞」など5部門にノミネートされたが、蓋を開けてみると全部門で受賞を逃した。最低でもひとつは受賞するべきだったというのが個人的な見解だが、ブルーノ・マーズやチャイルディッシュ・ガンビーノ、人気絶頂のザ・ウィークエンドといった錚々たる面々が相手では、仕方がなかったのかもしれない。それでもSZAは、授賞式の終盤で『Ctrl』の収録曲「Broken Clocks」を披露して拍手喝采を浴びた。

『Ctrl』の収録曲の半数以上を手がけ、ツアーではベーシストを務めてきたプロデューサーのカーター・ラングは、「ノミネートされた全部門で受賞を逃したのに、ステージで盛り上げないといけない彼女の辛さを思うと、胸が痛みました」と失望感とともに振り返る。対するSZAは、笑い飛ばしながら次のように回想した。「授賞式の夜——その時点で、すでに2部門の受賞を逃していたんだけど——タイラー(・ザ・クリエイター)に『アワードをひとつも取っていないのにパフォーマンスをさせるなんて、そんなことはあり得ないから心配しないで』と言われていた。だから、最後の部門も逃したときは……」と言って言葉を詰まらせた。数列後ろの席に座っていたタイラーをちらりと見て、席を立ったときのことが脳裏によみがえったようだ。

「黒人アーティストたちがこんなひどいことを当たり前のように受け止め、世間が騒がないことに心底うんざりしている」とSZAは言った。彼女の言う通りだ。「授賞式の会場って、私が人生で経験したなかでも一番変な場所かも。あの空間は、そこにいる人たちの期待でいっぱいなの。注目されたい、認められたい、賞を獲りたい自分は価値のある人間だと認めてもらいたい、と誰もが願っているグラミー賞がすべてじゃないけど、私たちにとって意義あるものであることに変わりはない。でも重要なのは、その場に自分がいたということ。それが大事なの」。


SZAはその後、2022年の第64回グラミー賞にて、ドージャ・キャットとのコラボ曲「Kiss Me More」で最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞を受賞

Translated by Shoko Natori

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