「元カレ殺すかも」と歌い歴史的ヒット、SZAが熱烈な共感を得てきた理由

SZA

 
アデル以来の快挙となる全米チャート10週1位に加えて、全米トップR&B/ヒップホップ・アルバム・チャートでは歴代最高となる18週1位を獲得。歴史的ヒットを記録したSZA(シザ)の2ndアルバム『SOS』の国内盤CDが先ごろリリースされた。今こそ知っておきたい彼女の歩みを、音楽ライター・渡辺志保に解説してもらった。


もしも付き合っていたかつての恋人が、新しい恋人と過ごしている姿を見かけたら、あなたはどのような行動を選びますか? SNSをブロックする? それとも裏アカを作って監視する? 共通の友人からこっそり情報を引き出す? それとも、二人とも殺しちゃうーー?

目下、ロングランヒットを続けているSZAの楽曲「Kill Bill」では、愛憎にまみれ、緊張感あふれるシーンが生々しく歌われている。“私には分かる。あの女のこと、本当に愛してるに違いない(I get the sense that you might really love her)”と自虐的に歌いつつ“だから、歌いたくなっちゃうの(Got me saying over a beat)”と綴るSZA。元カレに対する未練と憎悪が、そのままアーティストとしてのモチベーションになっていることが窺える。コーラス部分では“元カレを殺しちゃうかも、ベスト・アイデアじゃないけど。その次は現カノを殺っちゃうかも(I might kill my ex / Not the best idea / His new girlfriend’s next)”と繰り返し、最後には“元カレを殺しちゃった、ベスト・アイデアじゃないけど。その次は現カノに手を掛けた(I just killed my ex / Not the best idea / Killed his girlfriend next)”と妄想が現実になったことを示唆するリリックへと変化する。曲の最後はこう結ばれる。“独りでいるくらいなら地獄に堕ちるほうがマシ(Rather be in hell than alone)”と、どうしようもないやり切れなさが滲み出る内容だ。残酷で過激とも受け取れるこの「Kill Bill」だが、アメリカではビルボードの総合シングル・チャート(Hot 100)首位をマークしただけではなく、R&B/ヒップホップのジャンル別チャートでは21週にわたってNo.1を獲得するという前代未聞の記録を打ち立てたばかりだ。「元カレを殺しちゃいたい」というどこまでも赤裸々なSZAの告白は、これほどまでに多くの共感を得たという証左となる記録である。



SZAは1989年、ミズーリ州のセントルイスで生まれた後まもなく、ローリン・ヒルの故郷とも程近いニュージャージー州メープルタウンに引っ越し、幼少期から青春までを過ごす。ムスリムだった父親は保守的で厳しく、幼かったSZAが聴くことを許されていたのは、マーヴィン・ゲイやルイ・アームストロングといった限られたオプションのみだった。そんなSZAの音楽的好奇心を煽ったのは異母姉だったという。姉が聴いていたのはキャッシュ・マネーやリル・ジョン、そしてウータン・クランだった。SZAというステージネームは、ウータン・クランのリーダー的存在でもあるRZAからインスピレーションを得たものだ(そういえば映画『Kill Bill』のサウンドトラックでは、RZAが中心的役割を担っている)。かつ、学校やコミュニティ、当時彼女が打ち込んでいたスポーツ活動においては白人の学生が多く、SZAはどこに行っても「唯一の黒人生徒」だった。そんな環境において、同級生が聴いていたレッド・ホット・チリ・ペッパーズやビョークといったアーティストたちもまた、SZAが愛聴していた音楽の一つだという(ちなみに『SOS』にはリゾと共作したとりわけロック色の濃い「F2F」という曲が収録されている)。

兄の勧めで何となく歌手活動を始めていたSZAだったが、幼馴染のアシュリーと当時の恋人のアシストもあり、レーベル、トップ・ドッグ・エンターテイメント(Top Dawg Entertainment、TDE)のファウンダー、パンチと出会い、全てが急発進していく。2012年『See.SZA.Run』、2013年『S』とすでに2枚のEPをセルフリリースしていたSZAだったが、2013年にいよいよTDEと契約を結ぶ。当時のTDEはすでにケンドリック・ラマー『good kid, m.A.A.d city』やスクールボーイ・Q『Habits & Contradictions』、ジェイ・ロック『Follow Me Home』と西海岸ヒップホップの新時代を率いる重要作を次々とリリースしていた頃だ。初のシンガー、しかも女性アーティストであるSZAとの契約は、リスナーをも驚かせた。2014年にはTDEからのリリースとなるEP『Z』を発表し、同年にはニッキー・ミナージュとビヨンセが共演した「Feeling Myself」のライティングに参加。2016年には、リアーナ『ANTI』に収録された「Consideration」の制作にも名を連ねている。



そして、いよいよ2017年に待望のメジャーデビューアルバムとなる『Ctrl』を発表し、大きなインパクトを与えるのだった。『Ctrl』もまた、今回の『SOS』の礎となる内容とも言える。恋愛関係に対する不安な気持ちや嫉妬心を赤裸々に歌った『Ctrl』は新たなR&Bのフィールドを開拓し、結果、2018年の第60回グラミー賞において主要部門の最優秀新人賞に加え、最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム、最優秀R&Bパフォーマンス、最優秀R&B楽曲、最優秀ラップ/歌唱パフォーマンス計5部門にノミネートされ、同年における女性最多ノミネート数を獲得するという快挙を成し遂げる。SZAの魅力はもはやジャンルを超えたユニバーサルなものとなり、『Ctrl』発表後もマルーン5やジャスティン・ティバーレイク、カルヴィン・ハリスといったポップ〜ダンス・フィールドのアーティストらと次々とコラボ楽曲をリリース。2018年には映画『ブラックパンサー』の主題歌になった「All The Stars」をケンドリック・ラマーとともに感動的に歌い上げ、さらにその名を世界へと轟かせ、2022年にはドージャ・キャットにフィーチャーされた楽曲「Kiss Me More」で第64回グラミー賞にてベスト・ポップ/デュオ・パフォーマンス部門で見事トロフィーを獲得した。

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