ROAD&SKY・岩熊信彦が語る、浜田省吾の伝説のライブ渚園が生まれた理由



田家:若いですね。

岩熊:かわいいですね声が。素晴らしい。

田家:この曲がでシングルで流れてから12年後のライブ映像ということになります。この曲を歌っている時の空が綺麗ですね。

岩熊:もうこれは本当にあの時間に収録しててよかったなと本当に思う曲ですよね。

田家:映画になるという話を聞いたときに驚いたことが二つありまして。16ミリフィルムで撮ってたものを劇場映画として見ることができるんだということと、もう一つは30曲4時間以上のライブをどうやって一つの作品にまとめるんだろうと思ったんです。

岩熊:16ミリで撮ったっていうことを先週、板屋監督も言ってましたけども全曲は撮れないので。それで僕の方で、この曲とこの曲を撮ってくださいって、実際に20曲ぐらい撮ったと思うんですよね。

田家:そんなに撮ってたんですね。映画の中では17曲ですよね。

岩熊:20曲ぐらいは撮ってるんです。実際に構成としてやったのは31曲だったんですよ。結果、当然コンサートですから延びてきますよね。交通の便も悪いし、21時に終わるってことは約束事だったんです。実際に第1回目のアンコールになったときに、これはもう超えるな、21時前には終われないってことで、運営本部に走っていき、21時には終われないので申し訳ない。1曲削りますって。本来は30曲目に「愛しい人へ」が入ってたんです。これを削るので「ラスト・ダンス」をやらしてくれって言って。持っていったヘッドセットを運用本部において走ってまた客席に戻ったっていう印象がすごく強いですね。

田家:その20曲ぐらいの中から17曲にしてるんですね。

岩熊:それはもちろん板屋監督、本人、僕でこの曲を入れたほうがいい、この曲はやめようっていうのをいろいろやったんですけども、結果コンサートとして集中力を持てる時間で、クオリティあるものをやろうということで17曲になったっていうところなんですよね。

田家:109分でしたね。映画にしようって決めた要因は何だったんですか。

岩熊:それは2017年の『旅するソングライター』の映画の成功がやっぱ一番きっかけだと思うんですね。それで僕、こういうやり方もこれからあるんだな、映画館でライブを見せていくってのもあるんだなと思って。板屋監督の方からもそういう話があり、ぜひ映画でやろうよってオフラインをスタートしたんですよね。

田家:先週板屋さんが、『旅するソングライター』よりも先に渚園をやりたかったって言ってましたね。その話はもう耳に入ってたわけでしょ。

岩熊:そうなんですよ。ただ僕は逆で、渚園はまたやる機会があるんだろうなと思ってて。僕の長いスパンで一応いろいろ考えてるわけですよ。その中でこの時期にこういうことをやりたいっていうのは5年先6年先考えているので、あのときは『旅するソングライター』でよかったなと思います。

田家:なるほど。コロナで公開がちょっと遅れたっていうことが多少の誤算だった。でも今だからいいという判断もあるんじゃないでしょうかね。そういう映画の本編最後のお聴きいただきたいと思います。

Rolling Stone Japan 編集部

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