蓮沼執太が振り返る「自分の場所を作ってきた」15年の歩み、フィルで音楽を奏でることの意味

フルフィルへの発展:集団作業だからこそ帯びる社会性

―『時が奏でる』以降、フルフィルへの発展も現場が重要だったと言えますか?

蓮沼:そもそもフィルはライブごとに「次はこういうことがしたい」という願望があって、その結果、桃太郎形式でだんだんと人が増えていったんです。例えば、『時が奏でる』をリリースして、僕がニューヨークに行って帰ってきて、最初のフィルのライブが表参道スパイラルの2日間公演だったんですけど、そのときにフルートの宮地夏海さんが入ってくれました。で、その再始動ライブの後に「フルフィルを作りたい。10人くらい増えるかも」と言ったら、フィルのメンバーはやめさせられると思ったみたいで(笑)。クリエイションをさらに深めつつ、いつも新しいことをやろうとすると人が増えていく感じでした。なので、フルフィルのプロジェクトは今までの増員する感じのちょっと派手なバージョン、というニュアンスですね(笑)。


蓮沼執太フルフィルの演奏。2018年、すみだトリフォニーホールにて。フルフィルは蓮沼フィル16名に加えて、2017年実施のオーディションから選ばれた新加入メンバー10名によって結成。2020年8月にアルバム『フルフォニー』をリリース。

―ソロからチーム、チームからフィルは大きな変化だったと思うんですけど、フィルからフルフィルは延長線上にあって、逆に言うと、蓮沼さんのアーティスト活動の基盤がフィルに落ち着いたということでもあったのかなって。もちろん、もっと長い目で見たらこれも一時的なことなのかもしれないけど。

蓮沼:いや、間違ってないと思います。ただ、活動の基盤が「蓮沼フィル」だとは思っていなくて、ソロの音楽活動や展覧会の作品作りなど、活動の基礎はそれぞれ存在していると思います。フィルをやることは、やっぱりね……大変なんですよ(笑)。今週レコーディングで、5曲くらい書いたんですけど、スコア書くのも大変だし、スケジュールを考えるだけでも大変です。運営の労力も必要になる分、動きもダイナミックになっていきますね。

―フィルのレコーディングは一発録りだから、全員のスケジュールを合わせないといけないわけで、その活動自体が希少なものですよね。

蓮沼:作品として、それだけ強いものができるし、それが毎回新しさを更新していくっていうのは、なかなかできないことだと思います。自分が今持っている問題意識だったり、「こうしたい」という想いは、自分一人の作品だったり、展覧会などで発表しているんですけど、でも自分から一歩外に出て、多くの人が集まって作り上げると、そこに社会性が生まれるんですよね。他者と向き合って、「こうしたい」と思ってることを共有して、すぐに作品化できる集団というのは、やっぱり稀有だと思います。それはフィルを始めてからずっとやってることで、時間が経てば社会の問題もどんどん変わって、自分のやりたいこともどんどん変わっていくから、それに対応して、鏡のように作品を作って行く感じなんです。それに付いてきてくれるメンバーの存在は大きいですね。

―それで言うと、昨年の『フルフォニー』は社会性を強く帯びた作品でしたよね。当時のインタビューでも話されていましたが、26人という密な集団での録音と、自分の家で一人で作ったリミックスがコンパイルされているというのは、非常に時代を感じさせました。

蓮沼:もともとは2019年に録音した音源だったんですけど、タイミングも含めて、ベストな形で出せたかなと思っています。横尾忠則さんのアートワークも大いに力になりました。コロナ禍でアーティストが必ずしも社会に対してアクションを起こさないといけないとは思わないですが、自分たちなりのアクションが自然にできたと思います。



―2019年の日比谷野音での公演とともに、あの作品でフィルのやってきたことがひとつ結実したような印象を受けました。

蓮沼:実はコロナになる前に、2019年の冬頃にフィルのメンバーの個人面談をしたんですよ。で、本当だったらそこから月2回くらいみんなで集まって、全員で曲を作って、そのプロセスを映像に収めて、全部公開するというプロジェクトをやろうと思ってたんです。そこから「蓮沼執太フィルのシーズン3」と言ってたんですけど(笑)、コロナでできなくなってしまい、でも何か違ったことを進めようという気持ちではあったんですよね。

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