パット・メセニーの新境地は「弾かない」 伝説的ギタリストが挑む音楽家としての究極

近年のメセニーが挑む、音楽家としての新しい可能性

近年、メセニーの変化を感じた一件があった。インタビューで気になっている若手ギタリストはいるのかと尋ねられた彼が、パスクアーレ・グラッソという名前を挙げたことだ。「おそらく私の人生で聴いてきた中で最高のギタープレーヤー」であり、「私が何年にもわたって聞いた中で最も重要なミュージシャン」だとも語っている。

パスクアーレはイタリア出身の現在32歳のギタリスト。チャック・ウェイン系譜のギターのスタイルを学び、バリー・ハリスのワークショップに通った彼は、ビバップを中心としたオールドスクールなジャズのスタイルに心酔し、その過程でギタリストでありながらバド・パウエルやアート・テイタムといったピアニストに夢中になった。そして、彼らのような音楽をギターで奏でたいと考えるようになり、その参照先のないギターの演奏を形にするために試行錯誤し、最終的に音大へ進学してクラシックギターを学び、クラシックの理論と技術を身に着けたのを機に自身の音楽を一気に具現化していった。スタイルを確立した後のパスクアーレは、まるでピアニストがソロでピアノを弾くように右手で旋律を奏でながら、左手でリズムを作ったり和音を加えたりしつつ、自身の両手でビバップ的な即興演奏を繰り広げる。それは今まで見たことがないような新しいジャズ・ギターだった。メセニーが驚くのも無理はない。



パスクアーレの音楽が面白いのはその高度さや新しさだけではない。先に技術や手法があって、それを前提に音楽を作るのではなく、先にあるのは頭の中で想像した作りたい音楽とコンセプトで、それを実現するために後から技術を身に着け、そのコンセプトを具現化するための演奏をする、というところが重要だろう。その演奏も技術もすべてはその音楽が持つコンセプトのためにあるのだ。

彼の演奏を聴くと、その音楽が求めるものを演奏している無駄のなさがわかる。圧倒的にテクニカルで異次元の演奏をしているにもかかわらず、同時に過不足のない演奏でもあるその音楽には、不思議と慎ましささえ感じてしまう。そして、そのコンセプトに沿った演奏が生み出すバランスの取れた異質さからは、虚飾の無い工芸品を見ているような美しさも感じる。

メセニーが『Road To the Sun』で目指している美しさのヒントは、彼が心を奪われたパスクアーレの音楽とも関係あるのではないかと僕は感じている。自身の音楽の中にあるコンセプト、もしくはその音楽の核となっている要素みたいなものを形にすること。そこには個性的なソロを弾くこととは全く異なる意識、全く別のエゴのあり方がある。メセニーが40以上も年の離れた若者から刺激を受けているかもしれないと思うと、その交流の在り方も含めて、実に美しい。

最後に、2015年、久々にECMのアルバムにメセニーが参加したことが大きな話題になった『Hommage À Eberhard Weber』というアルバムに触れておきたい。これは脳卒中で倒れて以来、演奏ができなくなっていたエバーハルト・ウェーバーのために行われたコンサートの模様を収めたライブ音源。ここでメセニーはウェーバーによる過去のベース演奏映像を集め、それらをサンプリングしてコラージュした音源を中心に据えて、それをSWRビッグバンドに組み込んだ編曲をし、更にそれに合わせてウェバーゆかりのミュージシャンが即興演奏を行う疑似セッション音源「Hommage」を制作・演奏している。



『Road To the Sun』を聴いたときに、ウェーバーの過去の演奏映像を丹念に聴き込み、引用する箇所を選び、きれいに繋ぎ、更にその演奏に合わせてビッグバンド用のアレンジを施す(という、これまでメセニーが体験したことのない)プロセスの中で、作曲や編曲、そして演奏の関係について、メセニーが深く考えたりしたのかもしれない、そんなふうにふと思った。メセニーの2010年代は『Orchestrion』『Hommage À Eberhard Weber』だけでなく、オーケストリオンとバンドを組み合わせた『Kin (←→)』や、アコースティックギターのソロで全曲ポップスのカバーを演奏した『What’s It All About』など、作曲と編曲と演奏、そして即興について再考させるような作品を発表してきた時期でもあったこともその理由だ。

それらを経ての2021年と考えると、『Road To the Sun』は作曲家としてのアルバムでも、クラシック・ギター・アルバムでもなく、もっと大きな、例えば、ジャズ・ミュージシャンとしてのあり方や、音楽家/演奏家としてのアイデンティティの在り処みたいなことにも関わるメッセージなのかもしれないと思ってしまう、なんて言うのは妄想が過ぎるだろうか。僕にとってこのアルバムは、ポストクラシカルにも通じる心地よいアルバムというだけではない、もっと深いものに感じられてならないのだ。




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