UK最注目ラッパー、スロウタイが語る悪役の素顔「音楽は本当の自分を知ってもらう手段」

ヒーローから悪役へ

過去2年間における世間の彼に対するイメージは、歯をむき出しにしながら女王を罵る姿や、2019年のマーキュリー・プライズのパフォーマンスの最後に、ボリス・ジョンソン首相の偽の生首を掲げた姿だろう。チケット代を一律5ポンドとしたUKツアーも話題になった。2019年にブルックリンのクラブで行われたショーで、彼は曲間のMCに多くの時間を割いていたが、それは一息つくためではなく、オーディエンスに円形や三角形、台形や四角のフォーメーションを組ませた上で、ビートのドロップと同時に一気に暴れさせるためだった。その数カ月後にマディソン・スクエア・ガーデンのシアターでブロックハンプトンの前座を務めた時、彼は大きなステージでも少しも物怖じせず、オーディエンスの多くがリリックを暗唱していた。その後のゴリラズとの共演、ムラ・マサとの『Tonight Show』での暴動のようなパフォーマンス、そしてAminéと共に参加したディスクロージャーの「マイ・ハイ」のグラミー賞ノミネートも話題を呼んだ。



一方で、昨年2月に行われたNMEアワードでの出来事は、彼に別のイメージを植え付けることになった。『Tonight Show』への出演の約1週間後に、母国イギリスで行われたそのイベントで、スロウタイは「Hero of The Year」賞を贈られることになっていた。ショーの前半で、司会を務めたカナダ人コメディアンのキャサリン・ライアンとやり取りした時、彼は明らかに酔っていた。2人は事前にその場面のリハーサルをしていたが、彼の卑猥なアドリブはやや度を過ぎていた。オンラインではすぐに彼を非難する声が飛び交ったが、そういったムードは会場にも見られた。式の後半に、彼が賞を授与すべく再びステージに上がった時、客席からはブーイングが起こり、誰かが彼を女性差別者だと罵ると、ステージに向かって物が投げつけられた。彼はステージから飛び降り、客の1人に殴りかかろうとしたところをセキュリティに取り押さえられ、結局そのまま会場を後にすることになった。その翌日、彼はTwitterでライアンに謝罪し、賞を彼女に譲ると申し出た。ライアンは彼の行動を不快に思いはしなかったと話した上で、その一幕を酔った客をあしらう喜劇になぞらえていた。

『Tyron』はその夜の出来事だけにインスパイアされた作品ではないものの、スロウタイはヒーローから悪役へと成り下がったことで、それ以前から温めていたアイディアがより具体的になったと話している。彼はロックダウンの期間を故郷のノーザンプトンで過ごし、親しい友人や家族だけが知る素顔の自分と向き合った。ツアー中に依存気味だったという酒を断った彼は、Kwes DarkoやSAMO、Krash、JD Reid等の長年に渡るコラボレーターたちとの曲作りに没頭した。また本作にはグライム界の星スケプタ(前作『Nothing Great About Britain』にも参加していた)の他、ジェイムス・ブレイクやエイサップ・ロッキー、マウント・キンビー、ケニー・ビーツ、ドミニク・ファイク、デンゼル・カリー、そしてLAの新星デブ・ネヴァー等、新たな顔ぶれも多数参加している。

「俺を中心とした大家族みたいなもんで、皆気心の知れたやつばっかだよ」。スロウタイはそう話す。「そういう関係だから、曲の良し悪しについても腹を割って話せる」

誰もが利己的になってしまいがちだった時期に生み出された『Tyron』は、自身の内面を掘り下げる一方で、コミュニティ意識を強く感じさせる。他者との交流が制限されていなかった去年の夏、彼はKwesやSamo、Krash、Reid等と共にスタジオに入った。何カ月も続いたロックダウンの後だっただけに、それは視界が大きく開けるかのような経験だった。「バンドみたいに、全員で延々と音を出し続けた」。彼はそう話す。「何かが形になったわけじゃないけどね。全部録音してたから、セッションファイルが2週間分くらいになって、容量はテラ単位だった。ひたすらジャムってたんだ」

ノーザンプトンに根付く「靴の町」のメンタリティにおけるもうひとつの顕著な要素は、彼が過去数年間で成し遂げたこと、そして『Tyron』でさらに突き詰めようとしているものと強く結びついている。それはパンデミックの最中だけでなく、人が生きていく上で不可欠なコミュニティや結束というコンセプト、そして現在でも人々が1足の靴を求めてノーザンプトンを訪れる理由にも通じる。「長く使えるものを生み出そうとしてるんだ」。彼はそう話す。「使い捨ての安っぽい運動靴なんかじゃなくて、文字通りの一生モノを作ってるのさ」

Translated by Masaaki Yoshida

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