ブルース・スプリングスティーン『レター・トゥ・ユー』を考察「自分の敗北を受け入れるロックンロールの救済」

ブルース・スプリングスティーン(Photo by Danny Clinch)

先ごろリリースされた、ブルース・スプリングスティーンの新作『レター・トゥ・ユー』が全英初登場1位を獲得した。スプリングスティーンの全英1位は通算12作目で、2020年のアルバムの中で初週最速最大売上を記録。また、80年代〜20年代まで「5つの年代で全英1位を獲得した史上初のソロ・アーティスト」という全英チャート記録も樹立している。Eストリート・バンドが再集結し、これまでのキャリアで最もパーソナルな本作を掘り下げるべく、米ローリングストーン誌のアルバムレビューをお届けする。

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半世紀以上に渡り、ブルール・スプリングスティーンは演奏する楽曲の中で、ツキに見放された労働者たち、早く大人になりすぎた世間知らずの若者たち、スタジアムでのライブを夢見る地方のロッカーたち、お手軽な気晴らしでハイウェイをキャデラックで爆走する農業労働者たちなど、数限りない人々を歌ってきた。自分の曲の中で本来の自分とは違う役を演じていたとはいえ、彼らの希望や将来への期待、シンプルな人生を生きたいという欲望は、最初からスプリングスティーンの性格と結びついており、年を経るごとにその結びつきがはっきりと現れるようになった。そして発売された通算20枚目のアルバム『レター・トゥ・ユー』で、71歳になったスプリングスティーンは過去の楽曲で演じたすべての役のつじつまを合わせようとしている。



『レター・トゥ・ユー』全体に脈打つ感傷的な鼓動は、初期の作品で描いた架空の物語や近年のアルバム『マジック』(2007年)のように郷愁にどっぷりと浸かった作品よりも、スプリングスティーン本人に近い真実味がある。このアルバムは、Eストリート・バンドと一緒にスタジオでライブ演奏を行い、たった5日間でレコーディングされた。フィル・スペクターに触発された彼らが70年代にグロッケンシュピール、サックスによるエクステンション、何千ものギターで作り上げた音の壁を心地よさ気に操っている。今回スプリングスティーンが歌っている輝かしい日々は、他でもない彼自身の記憶なのだ。

自叙伝を出版した直後、スプリングスティーンはオーケストラをフィーチャーしたカントリーロック・アルバム『ウエスタン・スターズ』をリリースして(2019年)、ブロードウェイとの契約を熟考したかもしれない。しかし、今になって初めて彼が自分の曲作りを振り返っていることが、今回の新作から聞き取れる。この作品の収録曲の多くが内省的で、私的で、時には非現実的な歌詞だ。『レター・トゥ・ユー』では、アルバム『ネブラスカ』に登場するキャラクターには許さなかった方法で自分の本心を隠している。いくつかの楽曲にそこはかとない距離感がある理由は一つだけだ。彼が自分自身の過去を受け入れたから。つまり、1972年に作り、1〜2度演奏しただけで最近までお蔵入りしていた楽曲を認めたのだ。この作品にはたくさんの段階のブルール・スプリングスティーンが収録されていて、さまざまな夢、さまざまな時代の彼が一カ所に集まっているのである。そしてその中心にいるのが現在のスプリングスティーンで、自分の足跡をたどり直しているのだ。

Translated by Miki Nakayama

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