ブルース・スプリングスティーン『レター・トゥ・ユー』を考察「自分の敗北を受け入れるロックンロールの救済」

スプリングスティーンの祈りと救済

このアルバムの始まりは、突風のようなあからさまに後ろ向きな指針表明。下り列車が線路に置いた1セント銅貨を轢き潰す。町の外堀のように川が流れている。そして、サビで“この瞬間お前はここにいる、次の瞬間お前はもういない”と歌う。アコースティックギターとシンセ風ストリングスが土台の薄暗い曲だ。そして“ベイビー、ベイビー、ベイビー、寂しすぎる/ベイビー、ベイビー、ベイビー、家に戻るよ”と心を吐露するように歌うスプリングスティーンの声に哀愁が漂う。この家にいるのはきっとクレランス・クレモンズと60年代に在籍したバンド、キャスティルズ(Castiles)で一緒だったジョージ・テイシスのゴーストだろう。もしかしたらスプリングスティーン自身が過去に置いてきたゴーストもいるかもしれない。この曲と同じように、「ラスト・マン・スタンディング」でも死すべき運命をテーマに持ってきて、“強情で、若くて、自信満々で……未熟で騒々しく走っていた頃”の色褪せた写真を見つめながら、彼が出演したジャージー海岸のライブの名前をあげる。そして最後に“今、最後に残ったのは俺”とオチがつく。アルバムの最後を飾るのが「アイル・シー・ユー・イン・マイ・ドリームズ」。ディランを彷彿とさせるアップビート気味のフォーキーな曲で“死が終わりじゃない”と断言する。

自己セラピー的楽曲の狭間で、スプリングスティーンは祈る。「ハウス・オブ・ア・サウザンド・ギターズ」で、“ここにいる無情の人も退屈な人も、俺たちを結びつける失われたコードを求めて覚醒する……千本のギターのある家で”と、彼がロックンロールのヒーリングパワーを説教すると教会のオルガンが鳴り響く。スプリングスティーンは『マジック』の「レディオ・ノーウェア」でも同じ千本のギターを召喚していたし、この精神の源流は「涙のサンダー・ロード」のギターに遡る。そして『レター・トゥ・ユー』の軽快なロックナンバー「ザ・パワー・オブ・プレイヤー」では、その祈りへの回答として、ベン・E・キングとザ・ドリフターズの「This Magic Moment」を讃え、“俺は天国に近づいている、この先俺たちはそこにたどり着く”と、自分の恋人(たぶん「明日なき暴走」のウェンディあたりだろう)へ叫んでいるのだ。

そして「ゴースツ」がくる。これはこのアルバムで最も強力で、最もハードロックな説教だろう。ここで彼が歌っているのは、“はるか彼方から鳴り響くお前のギターの音”が聞こえる様子についてだ。曲を構築しつつ演奏という儀式を細部に渡って披露しながら、スプリングスティーンとEストリート・バンドが一緒に“このセットが終わる頃には誰も生きちゃいない”と歌って爆発する。この曲は現在のブルース・スプリングスティーンにとっての2つのメインテーマを結びつけている。つまり、ミュージシャンとしての形成期に思いを馳せて、ロックンロールの中に救済を見つけること。そして震えるようなピアノとグロッケンシュピールに合わせて“音量をあげる、そのスピリットに案内させよう”と歌い、再び爆発する。


Translated by Miki Nakayama

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