メンタルヘルス問題から考える、産業から解き放たれた音楽の役割

若林が昨年ロンドンで撮影した、アートとメンタルヘルスにまつわるチャリティ団体「The Perspective Project」のフライヤー。

心の病に苦しむミュージシャンやインフルエンサーが急増するなか、海外では新たな動きが見え始めている。この問題について考えるのは、これからの社会における文化の役割を考えることでもある。世界の最前線に触れてきた編集者、若林恵(黒鳥社)による日本の音楽/エンタメ業界が真っ先に向き合うべき話。

※本記事は2020年9月25日発売の「Rolling Stone Japan vol.12」の特集「音楽の未来」に掲載されたものです。


メンタルヘルスは「重大な政治課題」

ちょうどつい数日前に、某人気俳優さんが大麻所持で逮捕されたというニュースが報じられまして、海外の事例などを引き合いにしながら、大麻の合法化や、薬物の脱犯罪化といった、大麻をめぐる世界的な「現在地」が語られています。大麻はアメリカを中心にすでに大きなビジネスになっていますし、これまでのように「大麻をやっている=悪人」とみなす社会的合意はすでに崩れていますし、今後日本でも徐々に崩れていくことになるのかもしれません。

そうしたなか、大麻が合法化されているアメリカのいくつかの州では、大麻の販売所(ディスペンサリー)が、コロナウイルスによるロックダウン中も「エッセンシャル」な業態とみなされてオープンを許可されていたことは非常に注目すべきことではないかと思っています。というのも、これは、メンタルヘルスの問題をめぐる世界的な危機感とも関わることだと思うからです。

日本でも折に触れて鬱をはじめとするメンタルヘルスの問題は、報道などでも取り上げられていますし、それが重大な社会的イシューであることが指摘されてはいますが、海外と比べると、やはり後景化させられている感は否めないように思います。国家レベルでメンタルヘルスをめぐる問題の重大性が語られることは、コロナ禍においても稀でした。ところが海外の行政府、例えば英国の保健省(NHS)は、コロナウイルスによるロックダウン/ステイホームといった施策が、ただでさえ重要課題とみなされてきた問題をさらに悪化させる懸念があるとの危機感から、ロックダウンに入った時点から、感染そのものに対する注意喚起と同じくらいの熱心さで、メンタルヘルスのケアに気を配るよう、国民に再三呼びかけていました。

コロナウイルスで世の中に周知された、わたしたちの社会の問題は、経済的ダメージは真っ先に弱者を直撃するということで、そうした経済的ダメージは、さまざまなやり方で、すでにして弱い立場の人びとを、さらに弱い立場へと追い込むことになります。そうした負のスパイラルは、メンタルへの作用も少なくないでしょうから、それによってさらに負のスパイラルに引き込まれることにもなります。


"周囲の人を救うために今できることは? 世界規模で増えるメンタルヘルスへのアクション"より(Photo:Pixabay)

メンタルヘルスという問題は、経済の問題、もっといえば格差の問題と深く関わりあう根深い問題だと、最近欧米のみならずアフリカなどでもみなされてきており、加えて、国民のメンタルヘルスの不安定さが、テロリストや原理主義者などが活動する隙間を与えているとも考えられていますので、単に公衆衛生的な観点からだけでなく、経済的な観点、政治的な観点、さらには社会安全や治安という観点からも、それらに横断的にまたがって横たわる重大な政治課題とみなされています。

英国政府が孤独担当大臣というポストを設け、この問題を国のトップレベルで取り組むというメッセージを出したのが2018年のことですが、それを受けてドイツなども同様のポストの設置を検討していると言われています。

日本でもあるとき、ひきこもりの人口が100万人にのぼると報道され、非常に大きなショックを与えましたが、日本においても国民のメンタルヘルスをめぐる課題は、目に見えて大きくなっているはずですし、それが「特殊なひとの身にだけふりかかる特殊な問題」というわけではないことは、日常的に感じられていることなのではないかと思います。さまざまな理由があるとはいえ、身体に不調をきたしたり、仕事をしたり、外出したりすることができなくなるほどまでに、メンタルのバランスを崩すことは、おそらく誰にでも起こりうることですし、そうした現実に即したかたちで、企業のありかたから社会全体のありかたまで変えていかねばならないという機運は、特にコロナ禍を契機に前景化したといえます。

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