メンタルヘルス問題から考える、産業から解き放たれた音楽の役割

若林が昨年ロンドンで撮影した、アートとメンタルヘルスにまつわるチャリティ団体「The Perspective Project」のフライヤー。


「live fast, die young」は過去のもの

とはいえ、これはなにも日本だけの問題ではありません。海外の音楽業界でも自殺者が相次いでいまして、世界のトップDJだったアヴィーチーが若くして自ら命を絶ったのを筆頭に、サウンドガーデンのクリス・コーネルやザ・プロディジーのキース・フリント、シンガーソングライターのニール・カサールなど枚挙にいとまがありません。これに加えてヒップホップの世界ではラッパーなどが、必ずしも自殺ばかりではないとはいえ、若くして亡くなるケースも相次いでいますので、こうした状況を受けて、ようやく音楽業界全体が、アーティストのメンタルヘルスのケアという観点から、状況の改善に取り組みはじめるようになってきています。


"「セックス・ドラッグ・R&R」は過去のもの 音楽業界が取り組むメンタルヘルスケア"より(Photographs in Illustration by GL Askew II; Amy Sussman/Invision/AP; Getty Images)

例えば、音楽イベント最大手のLive Nationは、24時間365日、ローディーやエンジニアのようなツアー関係者がセラピストとオンラインでコンタクトを取ることで、必要な時にサポートを受けられるプラットフォーム「Tour Support」を支援したり、ヘヴィメタルバンドのゴッドスマックのヴォーカルが、アーティストへの啓蒙活動やメンタルヘルスの社会的認知を上げる活動を行う非営利団体「The Scars Foundation」を立ち上げたり、音楽フェスティバルやイベントを通じて、メンタルヘルスの認知の向上、コミュニティビルディングを目指す「Sound Mind」という非営利団体ができていたりします。

こうした取り組みが加速した背景には、スウェーデンのRecord Unionが2019年に発表した『The 73% Report』という調査報告書がありまして、これによるとインディペンデント音楽家のうち実に73%が鬱や不安障害に悩まされている/悩まされたことがあるそうなんです。アメリカ人の平均でだいたい20%と言われていますから、この数字は相当衝撃的なものだと思います。例えばこれが、銀行員のうち73%が不安障害、鬱に苛まれている、ということであったり、ある企業の特定職種の73%がそうであったとしたら相当異常なことのように聞こえるかとも思うのですが、クリエイティブに関わる世界は、「狂ってるくらいがちょうどいい」といった社会的なコンセンサスが根強く残っているように思える空間ではありますので、そのこと自体が顕在化もせず、かつ、問題視されることも少なかったのだと思われます。音楽を楽しむ側も、世間の常識やコードを、破天荒にぶち破っていくところを愛したり、そこに希望を見出したりしてきたところもありますので、一概に、そうした人たちの世間一般からはみ出た部分を、ひとしなみへと平準化することがよいのか、という疑問もありうるとは思うのですが、とはいえ、それもただのひとつのステレオタイプ、しかもどう考えても古い神話である可能性は高いわけですから、すべてのアーティストが、そこに自らをあてはめなくてはならないというものでもないのだろうと思います。

また、世間一般がもつそうしたステレオタイプをアーティスト自身が不必要なまでに内面化してしまうことで、本当はもっと健康なやりかたで音楽活動をやりたいと考えているような人までもが、外部からの助けが必要であるにもかかわらず、自ら声をあげることにやましさを覚えたりしてしまっているのだとすれば、それもまた望ましくはない状況でしょう。



近年ブルース・スプリングスティーンやビリー・アイリッシュといったトップミュージシャンがメンタルヘルスの問題についてオープンに語り、自分がいかに大変だったか、それをどうやって乗り越えたかを発信しているのをよくみかけますが、その背景にあるのは、ミュージシャン自身が内面化してしまっているかもしれない、「音楽家かくあるべし」というステレオタイプは反故にしていいんだというメッセージなんだろうと思います。メンタルの浮き沈みをオープンにしていくことで、多くのミュージシャンに限らずリスナーにも「わたしひとりが苦しんでいるんじゃないんだ」ということを知ってもらいたいということなんだと思うんです。

デミ・ロヴァートやセレーナ・ゴメス、ジャスティン・ビーバーなども、自分の辛かった体験などを積極的に表明していますが、それはそうした体験が特殊なことではないし恥ずかしいことでも、弱さのあらわれでもないということを知らしめようとしているように見えます。


"ビリー・アイリッシュ、メンタルヘルスを語る「助けが必要だからって、弱いわけじゃない」"より

ミュージシャンにおけるメンタルヘルスの課題は言ってみれば「#MeToo」運動とも相似をなすところもありそうです。ハイムが「女性のバンドってだけでギャラが男性バンドの10分の1」であるような状況に対して声をあげたり、ケシャがプロデューサーから性暴力を受けていたといった問題と闘っているのも、業界構造の中での“弱者”として搾取されてきたことに対する抗議と健全化をめぐる主張だったわけですが、そうやって考えてみれば、いい意味でも悪い意味でも「あいつらは特殊だから」とミュージシャンをマージナライズすることで娯楽の対象として受け入れてきた社会と、それに立脚しながら、そうした神話を増幅することで拡大してきたエンタメ産業によって、言葉は悪いですが、ミュージシャンたちが搾取されてきたという構図をメンタルヘルスをめぐるイシューは明らかにしたということなのかもしれません。せんじ詰めると、これは自分の「生き方」「働き方」を誰かに決められてしまうことに対する反発だと言えそうで、要は「自己決定」できるような弾力的な社会システムに変えていこうよ、という話なのだと思います。

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