90年代のニューヨークの夜はヤバかった 伝説的クラブの元経営者が追想

ピーター・ガティエン。1987年撮影(Photo by Brendan Beirne/Shutterstock)



カルチャーを失ったニューヨーク

「政府が敗北するとどうなるか、という完璧な見本です」とブラフマン氏。「彼らは負けるのが嫌い。そして、必ず勝つ方法を見つけて来るんです」

ガティエンも、首を振りながらこう言う。「もし無罪になった時からやり直せるなら、間違いなくさっさと店を畳んで街から出ただろう」

今回の記事でジュリアーニ氏にも複数回コメント取材を依頼したが、返答はなかった(ただし1度だけ、誤発信されたと思われる7分間の通話で、女性のアシスタントと何やらコロナウイルス関連の昇進について話し合う声が聞こえた)。

何年も流浪の地トロントで過ごし、現地のクラブのアドバイザーを短期間務め、いくらか成功を収めた後、ガティエンはニューヨークに戻ることを許された。この3年間、彼はトロントとニューヨークを行き来し、ヘルズ・キッチンに住んでいる。休みの日はダウンタウンに住んでいる一番年上の娘で映画監督のジェン・ガティエンと落ち合ったり、セントラル・パークを散歩したりして過ごしている。ブルックリンは悪くないが、再びあの世界に戻るつもりはないと言う。「クラブビジネス? あれは若い奴らのやることだ」と本人。あんな結末になった割には驚くほど落ち着いていますね、と彼に言った。彼の同業者たち、例えば脱税で捕まったスタジオ54のイアン・シュレーガー氏はオバマ前大統領から恩赦を受け、現在はホテル王として君臨している。「“俺はなんて哀れな奴なんだ”と感じているなんて、思われたくないからね」とガティエンは言う。

「ピーターは相当悔しい思いをして来たと思います」とブラフマン氏は言う。2人は今も親しい仲だ。「彼は全てを奪われ、国から追放されたんです。でも年を重ねるに連れて、ピーターも丸くなったんでしょうね。ピーターはたくさんのカルチャーと才能をこの街に残してくれたと思います」

元市長の「生活の質」のスピーチライター、シーゲル氏ですら、今のニューヨークは「かなり味気ない」と言う。ということはガティエンにも、ジュリアーニ氏に不当に扱われたと言う権利があるのでは?   「いいえ」とシーゲル氏は言う。「ナイトクラブはドブのようでした」 。そもそも、ライムライトの様子をご存知なんですか? 「一度だけ行ったことがあります……どういうものか一度見ておきたくて」。いかがでしたか? 「退廃の一言ですね」

だが退廃こそが街に輝きを与えていたのかもしれない。「ニューヨークを機能させていたカルチャーがクラブだったんだ」とガティエンも言う。「それが今欠けている――あの生のエネルギーってやつが。称えてしかるべきだ。ひとつの時代が終わったんだよ」

Translated by Akiko Kato

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