限界の淵を見た男、高橋ヒロムが東京ドームで掴む2つの「栄光」

高橋ヒロム(Photo by Shuya Nakano)



敢えて設けた約5カ月の「空白期間」は高橋ヒロムの何を変えたのか?

─言われてみれば、そんな状態から3日で退院できたわけですから、早く復帰したい気持ちになるのも、無理はないのかもしれないですね。

ヒロム そうなんですよ。実際、痛めたのは首だけだったんで、体はすぐに動かせる状態になっていました。なんなら、首の痛みも割と早く消えていて。受け身だけは今年(2019年)の5月くらいまでNGだったんですけど、他のトレーニングはできる範囲でずっと続けていたんです。

─復帰のゴーサインが出たのは、いつ頃だったんでしょう?

ヒロム BEST OF THE SUPER Jr.が終わったくらいのタイミングでしたかね。お医者さんから、首の骨がつながっていると判断していただいたのは。

─6月くらい、ということですね。だとすれば、復帰宣言を行った11月3日のエディオンアリーナ(大阪)大会まで、実に半年ほどの「空白期間」があったことになります。その間、敢えて表舞台に出てこなかった理由は、どこにあったのでしょう?

ヒロム 自分の中では、再びお客さんの前に顔を出すなら、いちばん目立つ瞬間を狙ってやろうって決めてたんですよね。BEST OF THE SUPER Jr.のタイミングは逃してしまったので、次に目立つ場所となるのが、11月3日のエディオンアリーナ大阪だったと。毎年この大会で、次の東京ドーム大会で行われるIWGPジュニアヘビー級戦の挑戦者が決まることが多いんですよ。そこで、俺が颯爽と登場して挑戦表明すれば、いちばん面白いじゃないですか。


Photo by Shuya Nakano

─確かにそうですけど、一時は八王子で復帰しようと思うほど、気持ちがはやっていたわけじゃないですか。よく、そこまで我慢できましたね。

ヒロム 逆に、11月までの時間を自分のためだけに使えるのってチャンスなんじゃないか? って気づいたんです。しようと思えばすぐにでも復帰できたけど、せっかくだから、この時間を上手く使って、もっと強くなってやろうって。他の選手が、ツアーや試合を重ねてダメージを蓄積させている間に、俺は十分に休息をとったりトレーニングしたり、プロレスについてじっくり考えたりすることができました。

─選手として、滅多に得られない充電期間だったと。

ヒロム しかも、タイトルマッチだけに集中していましたからね。大阪で復帰宣言をしたときに、病み上がりでいきなりタイトルマッチなんて大丈夫か? みたいな声も出てましたけど、何言ってんの? こっちは、とっくに仕上がってんだよ! って感じでしたよね(笑)。

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