マーティン・スコセッシの音楽:数々の名作を彩るサウンドトラック徹底ガイド

Warner Bros/Courtesy Everett Collection


O: オーティス・レディング「ファ・ファ・ファ」(『カジノ』より)

スタックスの看板ソウルシンガーは、この曲のタイトルとなった極めてシンプルなリフレインで、底なしの悲しみと香り立つような色気を表現することができた。普通の監督ならその音楽を、ロバート・デ・ニーロとシャロン・ストーンが演じる夫婦間のあれこれのバックに使おうとするだろう。しかしスコセッシは、レディングとメンフィス・ホーンズのサックスプレーヤーたちのコールアンドレスポンスを、デニーロとマフィアのボスのパトロンの密会という、全く別の緊張感を漂わせるシーンに用いた。レディングの快活なビートは、途方もない額の金について話し合う男たちに華を添えるだけでなく、これから始まる物語への期待を膨らませる。

P: ピーター・ガブリエル『パッション — 最後の誘惑』サウンドトラック

スコセッシが10年以上にわたって温め続けていた、キリストの生と死を描くこの問題作は、聖書をテーマにしたありがちな映画とはまるで別物だ。いかにもハリウッドらしい豪華絢爛なサウンドトラックが合わないことを理解していたスコセッシは、元ジェネシスのフロントマンであるピーター・ガブリエルに、同作のエキゾチックな面を音で表現して欲しいと依頼した。グラミー賞を受賞した本作は、ロックしか知らないオーディエンスに、カッワーリーのシンガーたちやセネガルのミュージシャン、そして中東の楽器の魅力を伝えるとともに、高まりつつあったワールドミュージックの人気を一気に拡大した。また本作は、ガブリエルが伝統的なプログレからより大胆で斬新な方向へと舵を切るきっかけとなった。

Q: トニー・レニス「Quando, Quando, Quand」(『アフター・アワーズ』より)

イタリア人シンガーのトニー・レニスによるスウィング感たっぷりのこの曲は(一般的には可もなく不可もない白人ヴォーカリストのパット・ブーンが歌った英語詞のヴァージョンの方が有名だろう)、80年代のマンハッタンのダウンタウンで途方にくれるヤッピーを描いた、スコセッシによるブラックコメディの劇中で繰り返し登場する。14th Street以降の道がわからず自宅に辿り着けない男性を描く本作において、この曲はその奇妙な世界観を彩ると共に、スコセッシのポップミュージックに対する造詣の深さを感じさせる。

R: ザ・ローリング・ストーンズ

イギリスで生まれ育った彼らはアメリカのブルースマンたちに夢中になり、スコセッシはリトルイタリーのチンピラたちに囲まれて10代を過ごした。しかし両者に共通するアートに対する柔軟な姿勢は、そのタッグを特別なものにしている。原曲だけでなくカヴァー(特に印象深いのはディーヴォによる「サティスファクション」のカヴァーだ)も含め、スコセッシは自身の作品において彼らの曲を幾度となく使用しており、それはもはや予定調和のようにも思える。しかし2008年に発表された、スコセッシが監督を務めたバンドのドキュメンタリー『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』における溢れんばかりのエネルギーは、今でも両者が互いを刺激し合っていることを雄弁に物語っている。

S: ザ・ビーチ・ボーイズ「セイル・オン・セイラー」(『ディパーテッド』より)

ビーチ・ボーイズらしくないとさえ言えるほどファンキーなこの曲は、バンドの1973年作『オランダ』に土壇場で収録された。ブライアン・ウィルソンとヴァン・ダイク・パークスのコラボレーションが生んだ同曲を、スコセッシはこのクライムスリラーにおける最も道徳的なシーンに用いた。ジャック・ニコルソンが演じる堕落したギャングスタは、無防備な人々を操り殺人を命じるような人物でありながら、ランチの場で小児性愛者の司祭を目にすると、思いがけない正義感を発揮する。ニコルソンが地に落ちた聖職者をあざけるシーンの背後で流れるリッキー・ファーターによるバックビートは、彼の脅迫(と修道女に手渡したスケッチ)のどこか痛快な恐怖感を煽っている。

T: クリスタルズ「キッスでダウン」(『グッドフェローズ』より)

コパカバーナの通りから始まり、入り組んだクラブの通路を抜けて辿り着いたステージにヘニー・ヤングマンとして立つまでを描く3分間は、映画史上最も有名な固定カメラショットのひとつだろう。大物マフィアのヘンリー・ヒルが後の妻であるカレンに強力なコネクションを見せつけるこのシーンを盛り上げるのは、恋に夢中になる若い女性を描いたクリスタルズの1963年のヒット曲「キッスでダウン」だ。カレンがその強大な権力にうっとりするように、視聴者はスコセッシの巧みな描写と、フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドを用いたティーンオペラの壮大さに心を奪われるだろう。

Translated by Masaaki Yoshida

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