マーティン・スコセッシの音楽:数々の名作を彩るサウンドトラック徹底ガイド

U: U2 「ザ・ハンズ・ザット・ビルト・アメリカ」(『ギャング・オブ・ニューヨーク』より)

アイルランド系移民たちがニューヨークのファイブ・ポイントの実験を握るべく奮闘する壮大な物語のエンディングテーマとして、アイルランドが世界に誇るバンドの新曲よりも相応しいものはないだろう。同作のエンドクレジット用に曲を書き下ろして欲しいというスコセッシの依頼を受け、ボノとバンドメンバーたちはアメリカの「鉄とガラスの峡谷」を築き上げた人々へのトリビュート曲を書き上げた。不思議なことにその大胆極まりない返答は、壮大な歴史の物語を描こうとしたスコセッシの思惑と見事にマッチした。モダンなサウンドの裏に隠されたその野心は、この国の歴史にも劣らないくらい深い。

V: シド・ヴィシャス「マイ・ウェイ」(『グッドフェローズ』より)

モータウンとクラシックロックに目がないスコセッシだが、彼はここぞという場面でパンクの曲を使う度胸も持ち合わせている(『アフター・アワーズ』におけるバッド・ブレインズの「ペイ・トゥ・カム」はその好例だ)。ヘンリー・ヒルのユーモラスな部分を描く上で、ヴィシャスによる皮肉たっぷりなシナトラのカヴァーを持ってくるスコセッシのセンスには感服させられる。ヒルの一味は自分たちを「Ol’ Blue Eyes」が似合う紳士だと考えているに違いないが、実際の彼らはスーツに身を包んだチンピラ軍団にすぎず、この選曲は実に的を射ている。それが抵抗という本作のテーマとも一致することは述べるまでない。

W: プロコル・ハラム「青い影」(『ニューヨーク・ストーリー』より)

このプロコル・ハラムの代表作は、ある男性が女性をベッドへと誘うセクシーな曲だ。しかしこの気だるいオルガンのコードは、スコセッシが1987年作のオムニバス映画に提供した作品のムードと見事にマッチしている。ダウンタウンの売れっ子画家(ニック・ノルティ)が、自分から離れていく年下のガールフレンド(ロザンナ・アークエット)に対して複雑な思いを抱くという筋書きの本作では、船酔いや未婚女性について切々と歌うゲイリー・ブルッカーの曲が随所で登場し、2人の心の距離が次第に広がっていくのを強調している。物語の最後で同曲が再び冒頭から流れると、視聴者は全てがサイクルの一部であり、その男が破滅へと向かう螺旋階段を下っていることを悟る。

X: ボブ・ディラン「オックスフォード・タウン」(『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』より)

ディランのセカンドアルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』に収録されているこのプロテストソングを、スコセッシはまるで絵に描いたような使い方をしてみせた。ボブのニューヨークでのフォーク時代の軌跡を駆け足で辿りつつ、スコセッシは1962年に発表されたアンチ人種差別を唱えたこの曲を、市民権運動と公民権運動の映像のバックに用いている。ニュース映像の抜粋をつなぎ合わせた同シーンは、この革新的な音楽が描き出した当時のアメリカの危うさを体現している。この場面に至るまでの1時間は過度期にあった66年当時のディランを描いているが、その小休止的な役割を果たしている本シーンでは、時代の流れに翻弄されながらも、その一部を切り取るかのような作品を残してきたディランの軌跡を、わずか30秒未満に凝縮している。

Y: ニール・ヤング「ヘルプレス」(『ラスト・ワルツ』より)

当時ニール・ヤングが頻繁に使用していたコカインの影響を隠すため、スコセッシが特殊な映像処理のエキスパートを雇ったという噂は有名だ。だが少なくとも、1970年にCSNYが放ったヒット曲のヤングによるパフォーマンスそのものには、どのような後処理も不要だった。ザ・バンドの解散コンサートにおける数々の名演の中でも、おそらくこれが最も刺激的だろう。バックコーラスを務めるジョニ・ミッチェルの姿も捉えつつも、同シーンでは主にヤング、ロビー・ロバートソン、リック・ダンコの3人が一緒に歌う至近ショットが使われている。このコンサートが体現していた60年代のコミュニティを象徴するような名場面だ。

Z: ウォーレン・ジヴォン「ロンドンのオオカミ男」(『ハスラー2』より)

スコセッシは『ハスラー』の次回作となった本作において、ビリヤード場で流れていそうなダウナーでダーティな音楽を多用するつもりだったと語っている。そのことを考えれば、1978年にジヴォンが「ケントで狂乱騒ぎを起こしているボサボサ頭の紳士」について歌ったこの曲は、トム・クルーズがビリヤードの腕前を見せつける同シーンのサウンドトラックとして理想的だ(まるでそれが契約の一部であるかのように、彼は80年代の他の出演作と同様に、本作でも見事なダンスを披露している)。「彼の髪型は完璧だった」というラインに合わせてクルーズがリーゼントヘアを整えるシーンは、曲が同作のために書き下ろされたのかと思うほど見事にフィットしている。

Translated by Masaaki Yoshida

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