スティーヴィー・ワンダーの名曲を彩った巨大シンセサイザーの物語

スティーヴィー・ワンダーの伝説的なアルバムや70年代のヒット曲で使用された巨大なシンセサイザー、TONTO(Photo by Brandon Wallis)



この約束の不履行は、同じ年にTONTOとスティーヴィー・ワンダーに訪れる必然的な分裂を予言していた。彼らの分裂が決定的となったのは、アカデミー賞の1974年度の最優秀アルバム賞を受賞した最高傑作『インナーヴィジョンズ』を完成させた直後だ。それが証拠に、グラミー賞授賞式の放送中に腕に抱えきれないほどの金色の蓄音機トロフィーを抱えたスティーヴィーは、受賞スピーチでマルコム、ボブ、TONTOに一切言及しなかった。



次回作の制作中にマーゴーレフとセシルは意を決して、それまでの印税をスティーヴィーに要求したのだが、結果としてこれが1年間を要した法廷闘争へと発展し、両者のコラボレーションが終わりを告げ、マーゴーレフにもセシルにも支払われるべき金額はないという判決が出た。スティーヴィー、ボブ、マルコムの間に書面に記された契約書がなかったことが原因だった。「契約がなければ印税もない」と、現在のセシルが言う。さらにスティーヴィーのスタッフがレコード・プラント内に保管していたテープを全て秘密裏に処分したことで、法廷で交わされる議論は現実的な意味を失ったのである。

『ファースト・フィナーレ/Fulfillingness’ First Finale』がTONTO期最後のアルバムとなり、収録された音楽には水面下で進行していた分裂が色濃く反映されている。この作品では、「レゲ・ウーマン/Boogie Reggae Woman」など、TONTOが数曲で登場するとはいえ、スティーヴィーがシンセよりも自身のバンド(ワンダーラヴ)と演奏する楽曲が多い。

マーゴーレフとセシルの分裂が起きたのは、ビリー・プレストン司会の「ミッドナイト・スペシャル」というテレビ番組で、TONTOの最初で最後のライブ・パフォーマンスを行ったあとだ。二人はテレビカメラの前でのライブ演奏に備えて24時間もかけて準備を行った。しかし、観客がスタジオに入り、照明が照らされ、スタジオの室温が上昇すると、TONTOのチューニングが狂い始めたのである。放送終了間際には二人の怒りが露わになり、彼らの不和を決定付け、結局はセシルがTONTOのマーゴーレフの持ち分を購入して袂を分かつことになった。

一時期、TONTOはカリフォルニアの海岸沿いにあるセシルのスタジオ、ポイント・デュームに置かれていた。このスタジオはジョー・ザヴィヌルやウェザー・リポートが使用し、ギル・スコット=ヘロンとパートナーのブライアン・ジャクソンも長期に渡って使用していた。のちにTONTOはディーヴォのマザーズボーが所有するサンセット・ブルバードにある黄緑色のスタジオ、ミューテイト・ムジーカに保管され、アニメ『ルグラッツ』のサウンドトラックに使用された。この頃にナイン・インチ・ネイルズなどの音楽的好奇心を満たす機材として使用されたこともある。

「みんな、スタジオにやってきて、1日かけて非常に面白いサウンドを一つ作り上げたものだよ。音が完成すると必ず『昔はこうやって作っていたのか? 俺は今のほうがいいな』と誰もが言ったものだ」と、マザーズボーが当時を振り返る。そして、マザーズボー自身も最初にTONTOを使ったとき、近代のシンセの象徴的な扱いだったことを認めた。

Translated by Miki Nakayama

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