村井邦彦が語る、「キャンティ」創業者・川添浩史を描いた著書『モンパルナス1934』

『モンパルナス1934』

音楽評論家・田家秀樹が毎月一つのテーマを設定し毎週放送してきた「J-POPLEGENDFORUM」が10年目を迎えた2023年4月、「J-POPLEGENDCAFE」として生まれ変わりリスタート。1カ月1特集という従来のスタイルに捕らわれず自由な特集形式で表舞台だけでなく舞台裏や市井の存在までさまざまな日本の音楽界の伝説的な存在に迫る。2023年8月の特集は「最新音楽本特集」。PART1は、今年4月に発売された小説『モンパルナス1934』を著者の村井邦彦を迎え掘り下げていく。

田家秀樹:こんばんは。FMCOCOLO「J-POPLEGENDCAFE」マスター田家秀樹です。今流れているのは村井邦彦さんの書き下ろしの新曲「Montparnasse1934」のテーマ、ピアノも村井さんですね、作曲ももちろん。今週の前テーマはこの曲です。2023年8月の特集は「最新音楽本特集」。「J-POPLEGENDFORUM」時代からの定期的な企画ですね。音楽について書いた本をご紹介する特集です。夏休みですからね、暑いしあまり外に出たくないし、家で本を読みながら音楽を聴く。そんな過ごし方はどうでしょうということでの1カ月です。今週はその1週目、小説をご紹介しようと思います。blueprintという出版社から出た「モンパルナス1934」、著者が村井邦彦さん。村井さんの特集は何度か組んでおります。アルファ・ミュージックの設立者、作曲家。荒井由実さん、吉田美奈子さん、YMOとかいろいろな新しい人たちを世に送り出した会社であり、人ですね。2021年4月にアルファ・ミュージックの特集を1カ月間組んだのですが、その時に村井さんとリモートでお話をした時にリアルサウンドというウェブサイトで小説を書き出したんだよねという話がありました。その小説は六本木のキャンティの川添浩史さん。当時は紫郎さんという名前だったのですが、紫郎さんを中心とした膨大な壮大な物語です。あれから2年、単行本として発売されました。今週は村井さんに小説のことをじっくりとお訊きしてみようと思います。

村井邦彦:こんばんは。どうぞよろしくお願いします。

田家:発売になった心境を伺えますか?

村井:コロナの時期を挟んで、2年間家に閉じこもっていましたから、その間に書いた本が出版されて感無量ですね。

田家:全384ページ、大作。

村井:コロナ禍で家に閉じ込められていて、あまり表に出られない状況の中で共同著作者の吉田俊宏さんと毎日のように長文のメールのやり取りをしながら書いてきたんです。コロナ禍のおかげで集中して書くことができました。

田家:始められた時に脱稿の時期とかストーリー展開はどのへんまで思い描きながら、書き始められたんですか?

村井:最初リアルサウンドで連載して、後でそれを編集して一冊の本にしたんです。*連載中はあてどのない旅でした。友人の父親で僕が若い頃色々お世話になった川添浩史さんの戦前1930年代から亡くなった1970年代までの話を書こうと思っていました。川添さんは21歳の時にフランスに行って多くの芸術家と親交を結びます。その中の一人が写真家のロバート・キャパでした。戦前から映画の輸出入だとか国際的な文化交流をやってきた方で、僕は川添さんに大きな影響を受けました。YMOを世界に売り出そうと思ったのも川添さんの国際文化交流の仕事を若い頃から見てきたからです。

田家:WEBに書いた文字数はもっとたくさんあったんですね。

村井:だいぶ削りました。削っても約380ページほどになりました。

田家:読ませていただいて、これ映画になるといいなと思ったりしたんですよ。

村井:ありがとう。最初から映画にしたいと思っていたのです。ですからものすごく視覚的に描いていったんです。時代考証のために文献資料の読み込みもたくさんやりました。田家:いやもう、それに驚かされました。村井:川添さんがフランスに行ったのは1934年でした。その頃、ドイツではヒトラー、ソ連ではスターリンが独裁を始めて世界中を引っ掻き回していました。二人の独裁者から逃れてパリにやってきた芸術家はとても多かったのです。そういう政治や歴史に関する文献もたくさん読みましたが、文献の他に昔の映画や音楽を改めて見たり、聞いたりしました。例えば、紫郎(川添浩史さんの若い頃の名前)が1934年にモナコに行ってモンテカルロの歌劇場でイーゴリ・ストラヴィンスキー作曲のバレイ「春の祭典」を観るシーンがあるんですけど、このシーンは1948年に作られた「赤い靴」という映画を参考にして書きました。2009年にマーティン・スコセッシ監督がオリジナル・ネガを修復してカンヌ映画祭で映写して話題になった作品です。ロケは戦後間もない時期にモンテカルロで行われているので、ものすごく参考になりました。例えば今はもう無くなっているモンテカルロの古い駅がカジノの下に繋がっているとか、バレエ団の人たちの会話とかものすごく役に立ちました。繰り返し5回ぐらい見ました(笑)。

田家:そういう話をいろいろ伺っていこうと思うのですが、流れている「Montparnasse1934」のテーマ、これは書き下ろしの新曲ということですね。

村井:そうです。本が完成したら頭の中で自然に音楽が鳴り出してしまったのです(笑)。映画の撮影前にテーマ音楽が先にできてしまったのです。戦前のいい時代のノスタルジーを感じられるような曲を書きたいと思っていたました。ある日家でブラームスのピアノ曲、インターメッツォを弾いていたんです。そしたらこの映画にピッタリのメロディが出てきて、原曲は4分の3拍子なんですけど、それを4分の7拍子に書き換えたり、全く新しい部分を付け加えて交響曲としてやりたいと思ったんです。この15年ほど、僕はロサンゼルス在住のクリスチャン・ジャコブというフランス人のジャズ・ピアニストで作編曲家と組んで仕事をしているんですけれど、彼と2人で作業を始めました。クリスチャンはクリント・イーストウッド監督の「ハドソン川の奇跡」(2016年)の音楽を担当した人です。交響楽団をロサンゼルスで録音すると、ものすごくお金がかかるんです。予算がないのでハンガリーのブダペストで録音しました。ブタペスト・スコアリング・オーケストラというのがあって、1時間単位で録音ができて、しかも僕たちはロサンゼルスにいてZOOMで繋げて録音するのでブダペストまで行く必要がない。すごく経済効率がいいんです。しかも出来上がった作品の完成度は高いです。さすがブダペストはウイーンと並んで音楽の伝統がある街だと思いました。

田家:そうやってレコーディングされた「Montparnasse1934」のテーマをBGMに今日はいろいろお話を伺っていこうと思うのですが、曲は村井さんに関係している曲を選んでみました。1曲目は荒井由実さんの「私のフランソワーズ」。

Rolling Stone Japan 編集部

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