海野雅威がジャズピアノの歴史と向き合う理由「スタンダードを知らずに自分の曲は書けない」

 
ニューオーリンズ、日本人ピアニスト、過去との向き合い方

―海野さんの前作『Get My Mojo Back』(2022年)にはビバップより前のスタイルもかなり入っていました。その感じでいうとエリス・マルサリスはどうですか?

海野:素晴らしいですね。NYにいなかったからアンダーレイティッドな扱いかもしれませんけど、NYにいたらマイルスとやっていたかもしれないですよね。ジミー・コブは仲良しで一緒にアルバムも作っていたので、ジミーからエリスの話も聞いていました。



―海野さんの趣味的には、ニューオーリンズのピアニストも好きですよね?

海野:プロフェッサー・ロングヘアやジェイムズ・ブッカー、ドクター・ジョン、アラン・トゥーサンも大好きです。でも、僕の中でニューオーリンズの友達で真っ先に浮かぶ人はサリヴァン・フォートナーです。僕がロイのバンドに入るきっかけは、サリヴァンが僕に託したからなんですよ。

―海野さんの前任がサリヴァン・フォートナーだったんですよね。

海野:サリヴァンは6~7年くらいロイのバンドに在籍していたんですけど、当時はロイの体調の浮き沈みでツアーがキャンセルになりがちで、メンバーが生活に困ることが定期的にあったそうです。サリヴァンにはジョン・スコフィールドなどのビッグネームからオファーが来るんだけど、彼はロイを優先していたんですね。でもある日、「もう6年経験したから」って辞めることを決めた。その時に、ヴァン・ゲルダー・スタジオでのジミー・コブとの録音に参加した僕の演奏を、ロイが気に入っていたことをサリヴァンも知ってたみたいで、僕を推薦してくれたんです。ほかにもジミー・コブやジョージ・ケイブルス、ジャスティン・ロビンソンも推薦してくれたこともあって、僕はロイのバンドに入ることになりました。

僕がロイのバンドに入る時に、サリヴァンがうちに来て「最近ロイのバンドはこういう曲をやっていた」とか教えてくれました。全く譜面がないから、サリヴァンの演奏を録音しながらひたすら聴いて曲を覚えていました。ちょっと話が脱線しちゃったけど、ニューオーリンズといえば僕にとっては友人のサリヴァンなんです。

―そんな繋がりがあったんですね。

海野:あと、サリヴァンとはストライドピアノの頃のアート・テイタムの話で毎回盛り上がったりしました。「フレッチャー・ヘンダーソンのここのフレーズを、アート・テイタムが取っているよね」とか二人で研究したり。マニアなんですよ。

―サリヴァンの演奏にもストライドっぽい感じがありますよね。

海野:最初に僕が言った「バド・パウエル以降に失われているもの」の話もよくしましたね。だから、それを復活させたいって思いもあるんですよ。ストライドっていうのは古い音楽ではなくヒップなんだっていうのを、今の解釈でやりたいというか。サリヴァンはNYで出会った仲間の中でも特に飛び抜けて天才肌ですね。




サリヴァン・フォートナーと海野

―ラテン系のピアニストだと誰が好きですか?

海野:僕はチック・コリアから入ったタイプです。ハービー・マンとかとやっている、初期のサイドマンとしてのチックはキレキレで好きでしたね。

―スタン・ゲッツの『Sweet Rain』で演奏している時とか?

海野:もちろん大好きです。ラテンサイドのチックがすごく好きで、そこからラテンのジャズを聴き始めました。ピアニストとして大好きなのはゴンサロ・ルバルカバ。最初に好きになったのは日本企画のアルバムで、ゴンサロの簡単にモントゥーノを弾かないところ、強引にキューバの方向に持って行かないところが好きですね。でも、モントゥーノが聴こえだすと「来たー!」って嬉しくなっちゃいますが(笑)。彼にしかできないリズム感だし、いい意味で青い光が見えるようなテンションなんですよ。ビル・エヴァンスもそういう性質があるけど、静かに燃える炎みたいなところがあって、そこからいきなり「ボーン!」って来るみたいなところも好きです。抑制の美学、澄んだ音とタッチの美しさと爆発力。いやー、いいですよね。



海野とチック・コリア

―日本人のピアニストだと誰が好きですか?

海野:ジャズじゃなくていいなら内田光子さん。先輩だったら渋谷毅さん。世界観を持っていて、弾いている姿勢とかも含めて、その人にしか出せないロマンティックな何かがある方が好きですね。山本剛さんはもうど真ん中です。





―秋吉敏子さんはどうですか?

海野:神懸ってるというか……すごいですよね。今のほうが技術も発展しているから、若い人は理解した気でいるかもしれないけど、「何あれ⁉️」って感じ。しかも、その時代の最先端だったはずのものを、島国の日本でいち早く取り入れている。日本のモダンジャズ創成期にそんな方がいたことにはすごく勇気づけられます。

そんなふうに、「え⁉️」って思う人がたまにいますよね。ジョー・ザヴィヌルもそう。なんでウィーンの人がこんなにブルースを弾けるの、みたいな。

―「なんでこんなにファンキーなんだろう?」って思いますよね。

海野:しかも、ザヴィヌルも歴史を大切にしている。彼はベン・ウェブスターとルームメイトだったんですよね。ベンとの共演アルバムもありますが、あれもルームメイトだからっていうのがきっかけで。

そう考えると、言い訳はできないですね。ミシェル・ペトルチアーニをめっちゃ聴いていた時期もありましたが、彼らのようにイマジネーションがあれば、その国(アメリカ)に育っていなくても、そしてハンディキャップがあったとしても超越していけると思うんです。





―海野さんはラグタイムから現代まで、100年分のジャズを聴いているわけじゃないですか。しかも、その歴史を把握していて、どのスタイルも演奏できる。ある種の伝統というか受け継がれてきたものを大事にしているプレイヤーだと思うんですけど、伝統を大事にすることと、自分のオリジナルなものを表現することのバランス、その2つを共存させることについてはどのように考えていますか?

海野:別に過去が素晴らしいと思って、それを目指してやっているわけではありません。自分も現代に生きていますから。例えばストライドに関しても、昔と同じことをやりたいわけではない。どうしたって時代の香りや空気だったり、その時にしか生まれないものがあるわけですから、過去と同じになるように目指してもしょうがない。でも、過去にリスペクトがないと音楽はできないとも思うんです。

「自分たちがどこから来たかを知らないと、自分たちがどこに行けるかもわからない」「歴史を遡って、遡って、遡っていくほど、さらに先に行ける」と、ウィナード・ハーパーがよく言ってました。音楽が本当に好きなら自然と音楽の歴史や文化にも興味を持つと思います。それは懐古主義じゃない。音楽という大きな世界のなかで、心から好きでやっている人は、その人の感覚をトラックアウトして、それこそモンティみたいにオリジナルになるんじゃないかなって思っています。

―たしかに。

海野:前作『Get My Mojo Back』に続き、新作『I Am, Because You Are』でも全曲オリジナル曲を収録しましたが、それは、先程お話したボビー・ティモンズ、シダー・ウォルトン、ジョージ・ケイブルスのように、僕もコンポーザーでありピアニストでありたいと思っているからかもしれません。でも、たまに考えるのですが、ジャズの世界はスタンダードをみんな聴きたがるじゃないですか。他の洋楽全般だと、逆にカバーの方が珍しいですよね。「え、カバーアルバム出すの⁉️」って感じで。でも、ジャズの世界はカバーの方が当たり前。それだとジェイムス・ウィリアムスやジョン・ヒックスがやっていたような新しい曲を発表する場がないんですよね。

僕にとって自分の曲は名刺代わり。前作は特にそうでしたが、僕はトラディショナルなものをルーツとして影響を受けていますが、それも含めて自分のカラーを提示したい。オリジナルだとその人の個性が出てくるし、個性を感じてもらえる。でも、それはスタンダードを愛しているからこそできるわけで、スタンダードを知らずに曲は書けない。いろんな歴史を知ったから、少しずつですけどようやく自分の曲を書けるようになってきたのかなって感じています。

―なるほど。

海野:だって、「こんなの誰も考えたことないだろう」ってコード進行で粋がっていたところに、「100年前に同じような曲があるよ」と言われたりしたら恥ずかしいじゃないですか。ジャズには深い歴史があるわけで。

―「All The Things You Are」みたいな曲のことですよね。

海野:そうです。あんなのぶっ飛んでいるじゃないですか。今でも難しい曲ですからね。


海野雅威トリオ(Photo by John Abbott)

―昔の曲にも新しく聴こえるものがあるし、アート・テイタムみたいな信じられない技術もすでにあったりしますし。

海野:古代エジプトのピラミッドが現代の技術をもってしても造れないという話と一緒で、「今のほうが新しくて優れている」みたいな価値観で生きていると、しっぺ返しに遭うこともある。過去から怒られるみたいな。先人の技術が現代人をはるかに超えていることもあるし、そういうものに支えられて今我々は生きていられるんですよね。だから音楽でも新しいものほど価値があるという価値観には昔から疑問を持ってきました。もちろん過去がベストという懐古主義では全くないのですが、真摯に生きていく上で歴史から学ぶアティチュードの問題だと思います。

ロイ・ハーグローヴがなぜあらゆるレジェンドに愛され、しかも時代の寵児でいかにゲームチェンジャーだったかも結局全部この事に集約されるんですよ。ロイは誰よりも音楽を愛し、深いルーツに根ざして、先人をリスペクトしていましたから。古い、新しいで音楽を捉えていないロイのような稀有な存在がいつも時代を変えていくんだと思います。

僕はそんなロイに最後に期待してもらったメンバーなので、自分自身もその経験や教えを実践していきたいんです。事件で大怪我を負った時に、こんなところで終われないって強く思ってリハビリに懸命に励みましたが、いろいろな奇跡が重なって医者もびっくりするぐらいに早く復帰することができました。その要因の一つは、きっとロイやハンク、ジミーなど僕を愛してくれた人に対して、僕が音楽をし続ける事で恩返ししたいという思いもあったからです。小さい頃から好きな事に真っ直ぐに音楽をしてきましたが、気がつけばそれはありがたいことにほとんどの人が経験できないディープな世界に入っていて、それが僕の個性にもなっていきました。これから先、どういうふうに自分の音楽が変化していくのか、自分自身でも楽しみにしています。




海野雅威トリオ
『I Am, Because You Are』
発売中
再生・購入:https://tadataka-unno.lnk.to/IABYAPR

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