クリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズが語る、音楽という「救済の天使」

 
「先生」マイク・ディーンとの絆

そんなクリスを守ってくれるのが、彼が日本語で「Sensei 」と呼ぶマイク・ディーン。58歳のヒップホップ・プロデューサーであり、Wikipediaのページに写真こそ付いてないが、紛れもなくポップ業界の中で最も影響力のある一人だ。カニエ・ウェストの『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』、ビヨンセの『Lemonade』、フランク・オーシャンの『Blonde』など、過去20年間のヒップホップ/R&Bの象徴的なレコードに、マイク・ディーンはミキサーや楽器奏者、プロデューサーとして、何らかの形で貢献をしてきた。ブレないセンスを持ち、最高のシンセサウンドを作り出せる、生きたヒップホップ百科事典のような人物だ。彼がコラボレーションを提案してきたら、NOとは言えないだろう。クリスのように、ひとりで仕事をしていて、自分自身でプロデュースしてきたアーティストであっても断れない。例えコロナ禍のロックダウン中、メキシコ国境を越えて、ロサンゼルスにあるマイク・ディーンのスタジオに行くことが大変であってもだ。



クリスはどちらかというとミニマリストで、「言いたいことはすべて3分半で伝えられる」と語るようなポップスの伝統主義者であったことを思えば、今回のサウンドの多様性や広がり、壮大さは非常に新しい要素だ。クリスは今回、マイク・ディーンの力を借りてこれらの境界線を打ち破り、曲はポップな構造から抜け出し、コルセットを引き裂くなど、ずば抜けた成果を得られた。

ヒップホップの影響も以前より強く感じられ、ビートは重たく、深いグルーヴがある。「二人とも15歳の少年のようなエネルギーを持ってるから、親近感を感じやすいんだと思う」とクリスが、マイクとの絆について語る。「彼は自分の能力が特別なものだと気づいていないし、 それこそが“先生”の証だと思う。熱意と感情に導かれている。彼はまるで電気的だ。おおよそ自分だけを頼りにする僕を色んな場所に連れていってくれた。やっと、僕と同じように未知の領域に飢えている人を見つけたんだ。本物への探求に、彼はいつでも乗ってきてくれるんだ」。




Photo by Jasa Muller

クリスがスタジオに持ち込んだ参考作品やアイディア(クラシック・ロックの姿勢、オペラの形式、天使、そしてクィアネス)は、すぐにマイク・ディーンに火をつけた。彼はまた、クリスができる限り自由に自分自身のアイディアを実現させる必要があると理解した。クリスはマイクを大量の素材から形を見つけ出す彫刻家のようだと喩える。「これほど自分の身を任せたことがなくて、おかしくなるほどディープだった」

創造的なプロセスを可能な限り劇的に、可能な限り極端に、可能な限り日常から切り離されたものとして特徴づけることが、クリスにとって明らかに重要だった。 LAでメジャーレーベルのポップ大作を手がける大物プロデューサーと仕事をするのは、かなり快適な環境だ。インスピレーションとして挙げているのはアール・ブリュットやナイーブ・アート、つまり、クリスの状況とはあまり関係がないように見える、社会的アウトサイダーや障害者、熟練していない人、独学で学んだ人たちによるアートである。「彼らは雷に打たれたかのようにアートを作り出す」と、クリスは共感するナイーブなアーティストについて語りだす。「目に見えないものが爆発したかのようなアート、それに興味があるんだ。アートに身を任せるしかない」。

Translated by Jennifer Duermeier

 
 
 
 

RECOMMENDEDおすすめの記事


 

RELATED関連する記事

 

MOST VIEWED人気の記事

 

Current ISSUE