クリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズが語る、音楽という「救済の天使」

クリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズ(Photo by Jasa Muller)

 
フランスを代表するアートポップの最高峰、クリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズ(Christine and the Queens)。ポップオペラ仕立ての最新アルバム『PARANOÏA, ANGELS, TRUE LOVE』で、彼は時空を超え、音楽の大聖堂を築く。ローリングストーン誌ドイツ版によるインタビューを完全翻訳。

「母が亡くなった後に作ったアルバムなんだ」とクリスが語り出す。「ヘヴィなアルバムになると思っていた。理解のできないことの本質を突き詰めたアルバム。目に見えないものを受け入れるということ。ロックンロールは、お母さんの死による喪失感を消化するのに役立つ概念だと思った。ロックンロールは、人間の痛みの生々しさ、悲しみ、涙、醜さを、エレクトロニックに変えてくれる」。

ニューアルバム『PARANOÏA, ANGELS, TRUE LOVE』は、光り輝くポップ・オペラで、90分間に及ぶクイーンの豪華な楽曲のオンパレード。アティテュード、過剰さ、激しさ、全てがまさにロックンロールそのもの。サウンドは温もりに満ちた高揚感があり、シンセがエレキギターのように聴こえたり、その逆もある。クリスがプリンスやジャクソン5、マイケルやジャネット・ジャクソンをたっぷり聴いて影響されたといっても過言ではない。また、トニー・クシュナーの戯曲『エンジェルス・イン・アメリカ』を自由に解釈して音楽化したアルバムとも言える。戯曲では、エイズ問題に襲われるマンハッタンに天使が現れ、死にゆく男たちに寄り添う。クリスの解釈、物語はより恍惚に満ちた抽象的な内容になるが、天使はクィアや拒絶された者、追放された者のために存在することがはっきり伝わる。天使たちは時空を超えて彼らを慰める。彼らを救うのだ。



「エロイーズ」とういう名前で生まれ、「クリスティーヌ」として有名になり、「クリス」でさらに名高くなり、最近では男性的なレッドカー役として活躍。クリスの呼び名はたくさんあるが、どれも間違いではないだろう。今や重要なのは、クリスが男性を自認するようになったことだ。この壮大で、艶やかで、贅沢なニューアルバムはあまりにも野心的で、ターニングポイントになるとしか捉えられない。果たしてアーティストとして今後の方向性は? 大勢の聴衆に受け入れられ、評価されるのだろうか? クリスは砂漠の中の巨大なスペクタクルで、おそらく世界で最も重要なフェスティバルであろうコーチェラ・フェスティバル(米カリフォルニアで開催)からインタビューに応じてくれた。ポスターのフォントサイズはアーティストの名声を表すとよく言われるが、クリスの名前は3列目、ビョークの下段、ワイズ・ブラッドより前にある。

クリスは4年前にもコーチェラに出演していた。だが、母親がフランスの自宅で死にかけているという恐ろしい知らせに、急いで帰国せざるをえなかった。母親は心筋炎を起こし、クリスは間に合わなかった。深い悲嘆に陥りつつ、ある意味で解放感もあったという。「母が生きていた間は、母のために“娘“でなければならないと思っていた」とクリスは昨年ガーディアン紙に語っている。 「お母さんをとても愛していたし、それが悪いことだとは思っていなかったが、彼女が生きている間、トランスである自分自身と繋がれずにいた。お母さんにとっては、僕が“女性“であることが必須だったんだ」。


Photo by Paul Kooiker

ニューアルバムには悲しみと共に、新しいアイデンティティを生きていくということも凝縮された。トランス男性になったからといって、手術をしたりホルモン剤を飲んだりするわけではない。なぜなら、脱却しようとする二元論そのものにしがみつくことになるからだと。

特にジェンダー・ロールは枠を超えて、なりきることができる。例えば、昨年のアルバム『Redcar les adorables étoiles(prologue)』で初めて取り入れたクリスの表現となるレッドカーというキャラクターは、ハイパー・マスキュリン(超男性的)で、スーツを巧みに着こなしているが、着ているのは凡人のセールスマンが着ていそうな安っぽいスーツだ(ちなみに、「ラヒム」と名乗ることもあったが、アラブの名前の流用は否定的な反応を抱く聴衆が多く裏目にでた)。

救いの手としてロックンロールに新たに興味を持ったのも、ロックの男くさいイメージと関係がある。クリスは今回作り上げたポップオペラについて、ザ・フーの『Tommy』とレッド・ツェッペリンがモデルになったと語る。 ロックンロールは生々しいパワーを持っているジャンルだ。奔放であり、制限はかからず、たったワンテイクで終わる。「レッド・ツェッペリンの曲には、すべてが凍りつき惹きつけられたような熱狂的な瞬間がある。それが僕の向かっていったものだ」とクリスは語る。それから間を置いて言った。「奇跡を捉えようとしたようなものだ」

クリスがインタビューの中で描くイメージは、例えばLGBTQコミュニティでよく使われている「キャンプ」そのものに感じる。「僕のレコードは、遠くからトランペットを鳴らしながら僕を呼んでいる天使のようなものだ。レコードはすでに存在していて、向こうで僕を待っている。僕は旅立って辿り着かないといけない。でも、目的地にたどり着けないと感じることもあったな。自分がアルバムに本当に値するのか、生きて辿り着けるのか、色々不安な気持ちでさ。時々、音楽をやめようとも考えたし。他人からすれば、気取った態度に見えるかもしれないけど、アーティストであることは卑猥な自分の弱さと向き合うこと。そして、没頭しすぎると途中で怖くなったり、守られたい気持ちになってもおかしくない」

Translated by Jennifer Duermeier

 
 
 
 

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