米退役軍人、レジスタンスの心得と戦術をウクライナ市民に伝授

スパイの恐怖

その日の午後、ハンニバルたちが志願者を分隊に分けて複合施設全体を使ってハンドサインの練習をする中、タトラス・スリーは無断で敷地内に入って講師たちの様子を撮影する男の存在に気づいた。男はすぐに姿を消した。いったい何者で、なぜそこにいるのか、訊ねる間もなかった。

この出来事は、ハンニバルたちとウクライナの人々を動揺させた。それも当然だ。このチームのように駆け足で結成されたイレギュラーな軍事組織は、昔からスパイの格好の標的なのだから。軍事訓練がはじまる2日前、ふたりのロシア人密告者がキエフの領土防衛隊に潜入したとステーシーは言った。武器が配られると密告者たちは即座に発砲し、14名を殺害した。命を奪われた隊員たちは、戦闘に加わるチャンスさえ与えられなかった。

昼食のために志願者たちが解散すると、ハンニバルのチームは訓練地を離れ、ステイシー、ミキータ、タトラス・ワンとタトラス・スリーとともに先ほどの不審者について話し合った。出来事の意味と対処方法について繰り広げられる会話に耳を傾けながら、B.A.の不安はますます募った。皿の上のチキンキエフ(訳注:バターを鶏肉で巻いたウクライナの伝統料理)は手つかずのままだ。ついに彼は怒りを爆発させた。「俺はいま、ものすごく気が張ってるんだ」と言うと、その日の訓練をすべてキャンセルし、安全性の懸念に対処するべきだと主張した。「俺たちのことを(ウクライナで)活動するアメリカ軍だと触れて回る動画が拡散されているかもしれない。それにこれは、地政学的な問題でもある」。バイデン大統領は、アメリカ軍のウクライナ派遣を否定している。その理由は明白だ。アメリカ軍とロシア軍が戦うことは、第3次世界大戦を意味するのだから。

B.A.は、トレーナーである彼らと訓練を受けている人々の安全を守るための一連のプロセスを提示した。「これは話しにくいことだけど、いま何とかしなければ、その影にずっと怯えることになる」

ステーシーも同意した。「これはゲームじゃない。軍事訓練よ」

どんな時もポーカーフェイスのミキータはこくりとうなずき、電話をかけはじめた。その瞬間から、施設は装填済みのライフル銃を抱えた物々しい表情の男たちが警備をするようになった。敷地内に入る者は誰であれ、身分証を提示し、武装を解き、手荷物を検査される。

その日の夕方、私はなぜウクライナに来たのかとB.A.に訊ねた。いったいなぜこの戦争に関与しようと思ったのだろう?

「どう見ても正当なことだと思ったからです」と彼は思案しながら言った。「化学兵器や部族問題といった長い迷路に巻き込まれる心配はありません。ウクライナは民主主義国家です——たしかに、問題を抱えていますが。でも、俺たちだってそうです。主権国家が侵略された。これは間違っている。それだけで十分な理由になります」。かいつまんで言うと、次のようになる。戦争に端を発する仲間意識、アドレナリン、使命感。そこには、占領者であることの中核をなす道徳的なブラックホールは存在しない。

「私たちが独立した市民軍を結成しているなんて、考えもしませんでした」とフェイスマンは言った。「(政府と)連携していると思っていました。でも……自ら選んでしたことです。実際、私たちは軍隊をつくっているのです」

法学生、起業家、若い男女……アマチュア戦闘員の分隊が訓練中に通りを移動するのを見ながら私は、彼らの軍隊について考えた。機関銃を携えた正真正銘のロシア人兵士の分隊と彼らの対決を想像する。私には、土の上に横たわる遺体が見えた。

Translated by Shoko Natori

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