米大統領選、選挙から撤退表明のアンドリュー・ヤンが残した爪痕

マッキンタイア=シャヒーン100クラブディナーでスピーチするアンドリュー・ヤン(米ニューハンプシャー州マンチェスター)(Photo by Matt Rourke/AP/Shutterstock)

ベーシック・インカム(最低所得保障制度)の実現を目指した米民主党のアウトサイダー、アンドリュー・ヤンはどこに向かう?

勝ち目の薄かったアンドリュー・ヤンの選挙キャンペーンだが、直前までニューハンプシャー州で勝ち残るのではないかという希望を持たせてくれた。同州の予備選で3位か4位に入り、ネバダ州とサウスカロライナ州やさらにその先まで行ける可能性もあったのだ。

ところが現実に目を向けると、ヤンの大統領選への挑戦は自身がキャンペーンをスタートさせた極寒のニューハンプシャーで、事実上終わった。過去1年半の間、ヤンは他の民主党候補の誰よりも多く同州に足を運び、選挙キャンペーンを繰り広げてきた。

ニューハンプシャー州での投票が締め切られて間もなく、ヤンは大統領候補者争いから退くことを明らかにした。

ヤンが立候補者としての資格を得られたのは、決して単なるラッキーではない。彼は上院議員や州知事、閣僚経験者らよりも長く選挙戦に生き残ったのだ。自分のGmailのアドレス帳に記録されていた連絡先からキャンペーンをスタートさせ、最終的には40万人以上の支持者から4000万ドル(約44億円)の選挙資金を集めた。寄付者の中には、生まれて初めて政治献金を行ったという人もいた。そしてヤンの立候補表明を受けてヤン・ギャングと呼ばれるネット上の草の根運動が立ち上がり、ベテラン候補者たちの支持者とネット上で張り合った。

候補者としてのアンドリュー・ヤンは何を残しただろうか? ヤン自身と、彼をここまで後押しした支援の大きな波は、これからどこへ向かうのか?

ヤンが候補者の中でも特に注目を浴びたのは、彼の振る舞いや話し振りが一般的な政治家らしくなかったからだ。もちろん彼も、「ヒューマニティ第一主義」や「左でも右でもなく前へ」といったスローガンを掲げて活動した。しかし陳腐なキャッチフレーズや言い古された政治的表現を口にすることはなかった。全米中継された討論会の場で彼はいつも居心地が悪そうにしていた。あのような、言うなれば異様な場で戸惑わない人間などいるだろうか? 「どこにでもいる親であり市民である私が、大統領候補を目指したのです」とヤンは最近ローリングストーン誌に語った。「そして私のような一般市民の多くが私の公約に共感して選挙キャンペーンを支持し、活動を盛り上げてくれました」

ヤンは有権者へ向けて「我が国は、この国史上最大の経済とテクノロジーの変革期の3イニング目に入っている」と主張した。2016年にトランプが勝利したのは、米中西部の400万人の仕事がオートメーション化によって奪われた結果だ、と彼は言う。さらに今後数年から数十年の内に、ファストフード、運送業、小売業などでさらに多くの仕事がオートメーション化されることが予想されるにもかかわらず、米国民は全く準備ができていない、と警告した。

「気候変動の事実を伝えたければ、アラスカの氷河で起きていることを見せればよい」とヤンは言う。「テクノロジーとオートメーション化が経済に与える影響を知りたければ、ヤングスタウン、デトロイト、クリーブランドやセントルイスを訪れるべきだ」

Translated by Smokva Tokyo

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