横浜銀蝿オリジナルメンバーで完全復活、吉田豪と語る「再会」の舞台裏

左からTAKU(Ba)、嵐(Dr)、翔(Vo)、Johnny(Gt)(Photo by OGATA 衣装協力:LIUGOO)


ーそこがパンキッシュで良かったんですけどね。

Johnny 自分たちが何をしたい、これがやりたいっていうのが中心で。人からこう見られたいとか、こんなことやったらどう思われちゃうんだろうっていうのがあんまりなかった。「これいいよね!」「かっこいいよね!」っていうものを発信してたのがよかったし、だからヘタでもかっこよかったと思うんです よね。俺もレコード会社にずっといて思うけど、音楽でも“やらせたもの”って、その人間が恥ずかしがると絶対にかっこ悪いじゃないですか。でも、本人が誇りを持ってやっていれば、どんなものでもかっこよくなる。

ーやりきることが重要ですよね。

Johnny 俺たちの場合、デビューするまでに40くらいオーディションに落ちたんですよ。必ずレコード会社とかオーディションに行くと「君たち面白いよ、でも時代じゃないからね」みたいなことを言われたけど、そんなの関係ない。時代は自分たちが作 るものだと思ってたし、俺たちがやってることが一 番だと思っていたから。それがよかったのかなって。

本当にそう思ってたね、後付けじゃなくて。銀蝿ってやらされてたんですか、その髪型はデビューのためにしてたんですかってよく言われたけど全然違う。今思うと銀蝿ってヴィジュアル系だよねって思う人もいるように、365日この格好でいようと決めて、電車に乗るときもこの衣装を着てた。それがプロモーションになったりもして。

ーいつでも銀蝿をやりきることが。

あとは仲間を信じること。Johnnyが考えてきたものは絶対にいいはずだし、TAKU のセンスは絶対に間違いがない。これは声を大にして言いたいんだけど、銀蠅をコピーしたくても、TAKU のリードギターのように弾くベースと、嵐さんの恐るべきスピードの8ビートでみんな躓くわけ。なおかつ俺らは歌も演奏もハモるし、しかも生で歌ってる。そこに音楽評論家の方たちは気づかなかったのか、そういうのは音楽には関係ないことなのか。別に評価されたいわけじゃないけど、なんかこう......俺たちが音楽に対してどう思ってるかくらい言ってもいいのかなって。

sample
「横須賀Baby」
(c/w ぶっちぎり Rock’n Roll)
1980年9月:SINGLE

サンプル
「ツッパリHigh School Rock’n Rol(l 登校編)」
(c/w I Love 横浜)
1981年1月:SINGLE

サンプル
「羯徒毘璐薫’狼琉」
(c/w D.J.Rock’n Roll-2)
1981年6月:SINGLE

サンプル
『ぶっちぎり』
1980年9月:ALBUM

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