横浜銀蝿オリジナルメンバーで完全復活、吉田豪と語る「再会」の舞台裏

左からTAKU(Ba)、嵐(Dr)、翔(Vo)、Johnny(Gt)(Photo by OGATA 衣装協力:LIUGOO)


ーとにかくリアルな世界で。

TAKUがさっき、「I Love 横浜」と「ぶっちぎり Rock’n Roll」が同じコード進行だと話していたけど、 当時の俺は勉強もしてないから、勝手に「ボックス」と名前をつけていた。(ボックスステップを)踊るのと一緒で、コードがぐるっと動いてるだけだから、 このボックス型はいいなと思って。「バイバイ Old Rock’n Roll」ではAからBに行ったあと、今度はこっちに戻ってこようとか。四角のなかをぐるぐる動いてるうちに何曲もできてしまう。たしかに、も う一個コードが増えたらどこまで作れるの? っていうような曲の作り方だった。

TAKU ハハハハ!

もちろん、今は勉強したから譜面やレコーディングについて最低限の知識はあるけど、これから作ろうとしている新譜も、オーソドックスな3コードのロックンロールが当然入る予定で。それが別に評価されなくても、ファンの子たちが喜んで口ずさんでくれるならいいよね。音楽の価値ってそういうもんじゃないの?

ーそう思ってやってきたんですね。

そりゃ俺だって、キャロルやクールスは今でもすごいと思う。キャロルは中学のときに聴いてたし、クールスを聴きながら走ってたときもある。ドラム缶を持っちゃってる人が音楽やってるわけだからさ、それは尊敬するよね!!

ーどう見ても喧嘩が強いぞってアー写でしたからね(笑)。

それでジェームス(藤木)さんのように、外国人みたいな人がいて。メチャメチャかっこいいギター弾いてて。それに比べたら、俺らドカン履いてるし、4人しかいないし、曲はオリジナルだけど“Baby” とか“好きだ”とかばっかじゃないから。それは評価されないよなって思うし、全く気にならなかったな。

Johnny あとは音楽そのものより、芸能的なやり方が評価に関係してるかもしれないね。うちのユタカプロの社長(大坂英之)はジャニー(喜多川)さんに憧れてて。俺たちがデビューする前はずっとアイドルをやってたんです。フレンズとかレモンパイとか。 だから、銀蝿一家もジャニーさんと似たようなやり方ですよね。

ーまずはファミリーを作るっていう。

Johnny それがあったから、今こうやってマスで周知されたんだけど。露出の仕方とかが芸能的であったから、後にいろいろ言われてるだけで。

ーそれはあったと思いますね。

Johnny 彼(翔)の詞のセンスって、80年代の時代性を切り取ってるじゃないですか。世の風潮を自分の言葉で表現していた。それがムーブメントを巻き 起こしたわけだから。もし銀蝿が一代で終わってれば、絶対に音楽史に残ったと思うんですよ。でも、 芸能のほうで売れてしまった。どっちかと言ったら、 売れるものが芸能で、意固地になってやるのが音楽みたいなところがあるじゃないですか。そこの違いだけだと思います。

ー銀蝿一家には不良要素のない、「あれ?」って人も事務所の都合で紛れてましたもんね(笑)。

Johnny でも、そういうところがあったから、あれだけのムーブメントが作れたと思うので。どっちが良いか悪いかはわからないけど。そういう作りが芸能的に見えるだけに、後の芸能史のほうに名前が残ってるんじゃないですかね。

ホントに下手くそだったし。シンプル・イズ・ベ ストって素晴らしい言葉だなと思ってた。自分たちがそれしかできないから。

sannpuru

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