リンゴ・スターとデイヴ・グロール、伝説的ドラマー2人による対談

リンゴ・スターとデイヴ・グロールの対談が実現(Yana Yatsuk for Rolling Stone)


グロール:ビートルズや初期のロックンロールを聴きながら独学でドラムを覚えた俺は、何よりもグルーヴに夢中になったんだ。パンクのエネルギーや高速プレイなんかも大好きだけど、俺にとって何より大切なのはフィーリングやスウィング感、そして曲のシンプルさなんだ。人の体はそういうものに反応するからね。

スター:同感だね。ドラマーの役割はアンサンブルを束ねることだ。僕はドラムを叩くとき、絶対にヴォーカルの邪魔をしないようにしてる。ヴォーカルが歌ってるときに、「Drum Boogie」(ジーン・クルーパによる1941年発表のジャズのスタンダード曲)みたいなのは必要ないからね。僕はソロもやらないし。そもそも好きじゃないからね。

グロール:前にもこういう話をしたことあったよね。確か練習方法について話してて…

スター:僕は練習なんかしたことないな(笑)

グロール:俺も!だって1人で演奏してもつまんないもんな。俺はバンドじゃないと楽しめないんだ。

スター:君となら一晩中演奏できるだろうけど、独りでやってるとすぐ飽きちゃうんだよね。「うーん、なんか違うな」ってなっちゃうんだ。コンサートをやると、よく7歳くらいの子供を連れたファンにこう言われるんだ。「この子はトミーっていうんです。あなたの大ファンで、今ドラムのレッスンを受けてるんです」みたいなさ。そういうとき、僕はいつもこう返してるんだ。「あんまりたくさんやらせちゃダメだよ」

グロール:(あなたの)本について話してよ。

スター:『Another Day in the Life』は、誰もが愛おしく思うものについて表現しているんだ。ツアー中、君はオフの日をどんな風に過ごしてる?

グロール:ホテルの部屋で曲を書いてるよ、マジな話。

スター:なるほどね。僕は部屋でスプーンの写真を撮ったりして、それをアルバムに収めてるんだ。あるいはバルコニーにやってきたワシの写真を撮ったりね。あと食べ残した食事の写真なんかも。気になったものは何でも撮るんだ。

グロール:俺ら2人とも、何かに打ち込んでないといられないタイプなんだろうね。

スター:性ってやつだね。

“ニルヴァーナを否定する人はいない。彼(カート・コバーン)は感情の塊のような人物だった。僕はそういう人に惹かれるんだ、自分がそうだからね。勇気を持った人なら、彼の音楽に魂を揺さぶられたはずだよ。彼は勇敢だったから” ー リンゴ・スター

グロール:性か、まさにその通りだ。俺は子供の頃、裏庭で木の枝を集めては、ミニカーを走らせるコースを自作してたんだ。ある日俺は持ってたカセットデッキを使って、マルチトラックレコーディングをする方法を考えついた。カセットにギターのパートを録って、それを再生しながら別のテープデッキを走らせて、フライパンやら何やらを叩いてビートを録ってた。俺はずっとそんな感じで、とにかく何かやってないと気が済まなかったんだよね。

多分、俺たちは似た者同士なんじゃないかな。俺は家具の卸売店で働いてたんだ。自分がミュージシャンとして成功するなんて、当時は思ってもみなかった。俺はいろんなバンドでやってて、ツアーから帰ってくるたびに、また雇ってくれってその店に頼み込んでた。それで十分満足だったんだ。だからニルヴァーナの人気が出たときはこう思った。「俺もしかして…」

スター:「…もうあの仕事に戻らなくてもいいのかも!」ってことか。でもバンドはリスキーだからね。最初のレコードが売れても、それっきりになる可能性だってある。

グロール:その通り!

スター:僕らだって「ラヴ・ミー・ドゥ」が最初で最後のヒットであってもおかしくなかった。インタビューで「僕らの人気は4年くらいしか続かないだろう」なんて発言したこともあったからね。

グロール:ギャラの小切手を初めて受け取ったとき、親父がこう言ったんだ。「お前、これがずっと続くと思ってないよな?これが最後になるかもしれないってことを、絶対に忘れるなよ」ってさ。夢を見させまいとしてたんだろうな。おかげですげぇビビったよ。

ー リンゴ、あなたはニルヴァーナを聴いてどう思いましたか?

スター:素晴らしいと思った。彼(カート・コバーン)は感情の塊のような人物だ。僕はそういう人に惹かれるんだ、自分がそうだからね。ニルヴァーナを否定する人はいないだろう。彼がああいう運命を辿ったのは悲しいことだけど、勇気を持った人なら彼の音楽に魂を揺さぶられたはずだよ。彼は勇敢だったからね。

彼の生涯のことをよく知っているわけじゃないけど、僕自身この世界で多くの友人を早くに亡くした。その度に思うんだよ、そんなに苦しい思いをしていたのならどうして話してくれなかったんだろうってね。天才は27歳までに死ぬっていうあれを、僕はたくさん目にしてきた。あの数字は一体何なんだろうね、まるで呪いだ。神様の思し召しなのかもしれないけどさ。

ジョンがこの世を去ったとき、僕はバハマにいた。ロスに住んでた継子から電話があって、「ジョンに何かあったらしい」って言われたんだ。それからしばらくしてまた電話があって、こう聞かされた。「ジョンが死んだ」ってね。その瞬間、目の前が真っ白になった。それでも、犯人に対する憎しみだけははっきりと覚えてた。とにかくニューヨークに向かおうと、僕は飛行機をチャーターした。何をすべきなのかわからなかったけど、僕らは彼らの家に行った。何かできることがあれば言って欲しいと伝えると、ヨーコはこう言ったんだ。「じゃあショーンと遊んであげて。気を紛らわせてあげたいから」ってね。言われた通りにしながら、僕はこう考えてた。「これから一体どうなるんだろう」

今年になってプロデューサーのジャック・ダグラスに聴かせてもらうまで、僕はジョンのあの曲(1980年に残されたレノンのデモ集『Bermuda Tapes』に収録されていた「グロー・オールド・ウィズ・ミー」)を聴いたことがなかったんだ。曲を聴いて、ジョンは今も僕の心の中で生きてるんだって思ったよ。それで僕は、あれを自分のアルバムに収録することにしたんだ。昔ジョンからあるCDをもらった時、何で僕にくれるのかって聞いたら、彼はこう言ったんだ。「だってリチャード・スターキー(スターの本名)にぴったりだからさ」

Translated by Masaaki Yoshida

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