なぜアーティストは壊れやすいのか? 精神科医・本田秀夫と手島将彦が音楽業界を語る

─メンタルに問題が起きているアーティストに対して、どのようなケアをしてあげるのがよいのでしょう。

手島:何か問題を抱えている人が1000人いたら、1000通りのケアの仕方があると思うんです。ただ1000通りあったとしても、ある程度共通した基本的な考え方みたいなものはあって。そういった考え方が浸透すれば、ひょっとしたらもう少し楽になるんじゃないかと思いますね。まず一度考えてみてほしいのは、その人のせいではなくて、ひょっとすると環境が悪いんじゃないかという発想。それがあるだけで解決する悩みもあると思うんですよね。

本田:以前、ある患者さんが認知行動療法を受けたいと言うから、別の先生を紹介したことがあるんですね。本人的にはすごくよかったみたいなんですけど、あるとき担当の先生が転勤で替わってしまったんですね。そしたら病院に行かなくなっちゃって。認知行動療法ってやり方が決まっているから、先生が変わってもやっていることは一緒なはずなんですよ。結局その人は認知行動療法を見ているのではなくて、カウンセラーのキャラを見ていた。いくら技法だけ学んでもダメで、それをやる人まで含めてが治療なんです。それを雑誌の認知行動療法の特集号で書いたら、認知行動療法をやっている人から、「痛いところ突かれましたね」って言われたので、先生たちも分かっているんだなと。

─そういう意味でいくと、どんな担当がつくかなど、運みたいな部分もありますよね。レコード会社とかマネージャーとかも、基本自分で選べるとは限らないし、たまたま当たった人に影響されちゃうわけじゃないですか。

本田:アーティストだけでなく、運は誰にでもつきものだと思うんです。ただ、ある程度自分で自分に向いた運みたいなものを掴める可能性って本当はあって。例えば、ある特性を持っているけど、障害者手帳をもらったり病院に行ったりしなくてもやれている人っているんですよね。そういう人たちって、自分にとって相性のいい人を上手く捕まえたり、そこに行くと苦労するんだろうなというところを上手く避けるとか、行ってしまったとしても長居しないとか、自分で運を掴めているんですよ。そういう力って大事だと思いますね。ミュージシャンは、石の上にも三年みたいな世界じゃないと思っていたんだけど、話を訊いていると、そういうわけでもなさそうですもんね。

手島:プロ野球の重鎮の方が「昔は連投したもんだ」って言っていたのが一つの例だと思うんです。あなたはそれで生き残って成功できただろうけど、その影に何人のプレイヤーが犠牲になってきたんだ、って話と似ていると思う。音楽に限らないでしょうけど、日本が景気が良かったときに大成功した人たちが今も活躍しているから、その成功体験を引きずっている人は多いと思います。

本田:結局、勝者の論理ですよね。努力をすれば報われるから頑張れって言うけど、努力をしても報われなかった累々とした屍の上に、ごく一部の人が努力して報われている。手島さんは、音楽学校で教えてらっしゃるから、ミュージシャンとして成功している人もいれば、途中で志半ばで他の仕事に移った人たちもたくさんご存知だと思うんですね。その視点がちゃんとある。

手島:また、最近は、万能な人が求められ過ぎているように思います。あるレコード会社がやったオーディションでは、自己プロデュース能力がテーマで、どう自分を売り出すかいいプランを出した人を採用するって言っていて、賛否両論だったんですよ。そういう人が出てくるのももちろんいいんですけど、なんでもアーティストがやらなきゃいけなくなってくると行き過ぎた効率化みたいな感じで、どうなんだろうと思いますけどね。

Rolling Stone Japan 編集部

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