「原盤」をめぐる音楽業界の動きとApple Musicの「パトロン」戦略

ヨーロッパで絶大な人気を誇るPNLの音楽

ヨーロッパ全土で絶大な人気を誇るPNLは、自分たちのルーツであるストリートに忠実であり続けている。Apple Music/Beats 1のゼイン・ロウは最近、アルジェリア系フランス人兄弟の2人のことをこう評した。「モダンなアメリカ産ヒップホップのプロダクションを用いつつ、失業や緊縮経済、ドラッグ、ギャング、人種差別といった社会問題の数々を、当事者ならではのリアルな視点で描いている」

彼の描写は的を射ている。パリ郊外の町コルベイユ=エソンヌの公営住宅団地Tarterétsで育ったPNLの2人は、初期の作品のレコーディング費用をドラッグの売り上げで賄っていたとされている。彼らの名を世間に知らしめた2015年のシングル「Le Monde ou Rien (「すべてかゼロか」の意)は、フランスの緊縮経済に対する反対運動のアンセムとなり、Youtubeでは1億回以上再生されている。またPNLは、インディペンデントであることに徹底的にこだわってきた。ある筋からの情報によると、メジャーレーベル各社は彼らに何百万ドルという金額を提示したというが、彼らはこれまで一切のレコード契約を結んでいない



だが先日、彼らはAppleとタッグを組んだ。同社は今後数カ月間に渡り、PNLのミュージック・ビデオ制作やプロモーション等に携わるほか、特別企画イベントの開催も予定されている。両者のパートナーシップが正式にスタートした6月28日に、PNLは4曲の新曲を追加収録した『Deux Frères』を再リリースした。その新曲群「Commes Pas Deux」「Ryuk」「Bang」「Sibérie」は、発売から1週間限定でApple Musicで先行公開され、瞬く間にフランスにおける同社のチャートの上位4枠を独占した。その前の週の日曜(6月23日)、Apple Musicはルイ・ヴィトンのメンズのアーティスティック・ディレクターを務めるヴァージル・アブローを招き、パリのマレ地区にある高級ホテルHotel Sinnerで、PNLのアルバムローンチパーティを開催した。同イベントには400人の若いファンが招待され、会場の外では200人がPNLの出待ちをしていた。

PNLに近い情報源によると、Apple Musicは彼らとさらなる独占契約を結んだという。同社はインディペンデントであることにこだわるPNLへのサポートに、確固たる信念を持っている様子だ。

Apple MusicのGlobal Creative Directorを務めるLarry Jackson(チャンスやフランク・オーシャンとのディールのほか、ドレイクやDJキャレド、フューチャー、トラヴィス・スコット等とのパートナーシップ締結を実現させた人物)は今週、自身のInstagramストーリーでもそういった態度を示している。7月3日の投稿で、Jacksonは以下のように述べている。「絶大な人気と影響力を誇り、今週ヨーロッパにおけるストリーミング記録を再び更新したフランスの至宝、PNLに最大限の祝福を贈ります。今回その記録の樹立に携われたことは、我々の誇りです。彼らは無数の企業が持ちかけたディールをことごとく拒否し、一貫してインディペンデントであり続けていると共に、自身で原盤を管理することにこだわってきました」

彼はこう続けている。「私たちが築き上げてきた強固な絆、互いへの信頼、そして1対1の関係にもとづいて、彼らはフランス語がほとんど話せない我々のことを信じ、アートの真のパトロンたるAppleに新作のディストリビューションを任せてくれました。彼らはインタビューに一切応じず、メディアに登場することも滅多にありません。現在フランス(そしてヨーロッパ全土)で最大級の影響力を誇る2人の快進撃が今後も続くことを願って、乾杯!」

「アートの真のパトロン」であろうとするAppleの姿勢は、メジャーレーベルの首脳陣にとっては頭痛の種であるに違いない。そしてその哲学は、クパチーノにあるApple本部にも影響を及ぼしている。同社のサービス部門の上級副社長エディ・キューは、先週フランスのメディアの取材に応じた際にPNLとのパートナーシップについて言及し、Apple Musicのユーザー数が全世界で6000万人を突破したことを明かした。

フランス版Graziaの取材に対し、彼はこう語っている。「PNLとのディールは、今後の我々の指針となるものです。抜きん出た才能を持ったアーティストたちと、私たちは特別な関係を築きたい。決してレコード会社を出し抜こうとしているわけではありません、彼らは必要な存在です。しかし今日では、アーティストがより大きな力を手にしているのです。誰とどのように仕事をするのかをアーティストが決めるという現在の状況を、我々は歓迎すべきことだと考えています」

・著者のTim Inghamは、Music Business Worldwideの創設者兼出版人。2015年より、世界中の音楽業界に最新情報、データ分析、求人情報を提供している。毎週ローリングストーン誌でコラムを連載中。

Translated by Masaaki Yoshida

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