「原盤」をめぐる音楽業界の動きとApple Musicの「パトロン」戦略

仏パリで行われたラップデュオPNLのApple Musicローンチパーティーにて PNLの2人とルイ・ヴィトンのヴァージル・アブロー、2019年6月23日撮影(Photo by Anthony Ghnassia / Apple)



チャンス・ザ・ラッパーは独占先行配信を約束することでAppleから50万ドルを受け取った

2016年5月、シカゴ生まれのチャンス・ザ・ラッパーは画期的なミックステープ『Coloring Book』をApple Music限定で先行配信し、その他のストリーミングサービスは2週間遅れでそれに倣った。マーケティングにおけるサポートに加えて、チャンスはAppleから50万ドルを受け取っている。それは従来の音楽業界における契約金(過去にテイラー・スウィフトの目をくらませたもの)に相当するものだが、チャンスはどのようなレコード契約も交わしていない。Appleは独占配信という特権を手にし、アーティストは著作権と独立性を保有したまま巨大な成功を収めた。それは史上初めて、メジャーレーベルが長く仕切っていた領域をAppleのような巨大企業が奪った瞬間だった。

その3カ月後、Appleはさらに攻勢に出る。同社は数百万ドルと推定される金額を提示し、業界史上屈指の謀略を成功させたフランク・オーシャンとパートナーシップを結んだ。2016年8月19日、オーシャンは難解な「ヴィジュアル」アルバム『Endless』を、Apple Musicで独占先行配信した。同作が発表された瞬間、彼がDef Jam/Universal Music Groupと結んでいたレコード契約は満了した。21曲からなる『Endless』は不可解な内容でリスナーを困惑させたが、それがフランク・オーシャンのやり方なのだと誰もが信じていた。しかしその翌日(2016年8月20日)、オーシャンは真のニューアルバム『Blonde』をインディペンデントのアーティストとして発表し、人々の度肝を抜いた。『Endless』と同様に、同作はApple Musicで独占先行配信された。

この一連の出来事は、Appleと共謀したオーシャンが(同社から受け取った金を用いて)Universalを陥れたように映った。それから1週間も経たないうちに、UMGのボスSir Lucian Graingeは同グループの全レーベルの責任者に、以降Apple Musicを含む各社との独占契約を禁じる旨を通達した。ほどなくしてその他のレーベルも同様の対策を講じたことで、それ以降Apple Musicによる独占先行配信という戦略は見られなくなっていた。しかし、同社は最近新たな動きを見せている。

ヒップホップが異常とも言える盛り上がりを見せているフランスにおいて、ラップデュオPNL(Peace N’ Loves)は、今最もホットなアクトのひとつだ。同国のシングルチャートでは今年の最初の6カ月間、ほぼ毎週フランスのMCが首位を獲得している(唯一の例外は全世界のチャートを席巻しているリル・ナズ・X)。

N.O.SとAdemo (aka Tarik and Nabil Andrieu)の兄弟によるPNLが4月に発表したアルバム『Deux Frères』(「2人の兄弟」の意)は、最初の7日間で11万3214万枚に相当する売り上げを記録し、アルバムチャートの首位を獲得した。フランスの総人口がアメリカの約5分の1(前者は6700万人、後者は3億2700万人)であることを考慮すれば、この数字はアメリカにおける初週売り上げ55万2000枚に相当する。今年アメリカで最多の初週売り上げを記録したアルバムは、41万4000枚相当のセールスを記録したジョナス・ブラザーズの『ハピネス・ビギンズ』だ。PNLが2016年にインディーレーベルからリリースした前作『Dans la Legende』は、母国でダイアモンドディスクに認定されている。最新作『Deux Frères』と同様に、同作はフランスだけでなく、ベルギーとスイスでもナンバーワンヒットとなった。

Translated by Masaaki Yoshida

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