マンソン・ファミリー描く新作映画、惨劇起こした殺人鬼をめぐる女性たちの「日常」

マンソン・ファミリーを描いた映画『Charlie Says(原題)』は、脚本家グィネヴィア・ターナーがコミューンで育った幼少期を下敷きにしたという点で、他とは一線を画している。(©︎ IFC Films)



マンソンと関係していた女性たちとは違い、ターナー氏は生まれたときからファミリーの一員だった。彼女の母親は1968年に入信したとき、すでに妊娠していた。ターナー氏は生後11カ月半まで、マサチューセッツやカンザス、ニューヨーク、カリフォルニアと様々な場所を転々としながらファミリーとともに過ごした。

だがターナー氏は集団を「カルト」という言葉で表現することには非常に慎重で、自分が語ることとができるのはあくまでも集団で過ごした1979年までのことだけだ、と念を押す。この時期、彼女はカルトの特徴と思われるいくつかの出来事を経験した。カリスマ性を備えた支配的なリーダー、フォーク・ミュージシャンで作家のメル・ライマン氏の他、生物学的な家族関係の軽視、自宅学習、様々な教義の授業。そうした教義には、「世界は終焉に向かっているが、ライマン・ファミリーだけは救われて、エイリアンが彼らを金星の新しい住処へと連れて行ってくれる」というものもあった。マンソン同様、ライマン氏も自らを救世主と呼んだ。1作目の著書のタイトルもずばり『Autography of a World Savior(原題)』だった。

1966年、ライマン氏と信者らはボストンのフォートヒル地区にあった廃墟を何軒か購入。1971年にローリングストーン誌のデイビッド・フォルトン記者が取材で訪問したときには、改装してそこで生活していた。フォルトン記者が記事で描写していたのは、都会的なコミューンである反面、(信者本人による)厳格な統制下に置かれた強制的なセクトだった。そこでは、どんなルール違反も「カルマ軍団」に報告することが義務付けられた。ライマン氏の指示を破った場合、罰として「洞穴」と呼ばれる窓のない部屋に監禁され、自らの行いを反省させられることもあった。

当時のライマン・ファミリーの特徴、つまり移動続きの共同生活、行動統制、哲学的思考をもつフォーク・ミュージシャンのリーダー、エイリアンによる救済の契約――はすべて、そのような環境下で育った人間にとっては当たり前のことだった。それが彼らの知る唯一の生き方だった。これこそが、ターナー氏が『Charlie Says』の脚本に盛り込んだ点だ。映画でもっとも胸を打つのは、殺人の場面でも、女性たちが刑務所で更生する場面でもない。ごく平凡な、しかも和やかなマンソン・ファミリーでの日常生活なのだ。

ハロン監督いわく、これは完全に意図したもので、ターナー氏の知識(コミューンのキッチンの配置に対するこだわりや、些細な会話に至るまで)に寄るところが大きいという。「ファミリーの衝撃的な一面を描かない限り、女性たちがバカな妄想女にしか見えないという点で、私たちは意見が一致しました」と監督。「そのせいで批判を受けるでしょうね。みんなが見たいのは絶叫ホラー・マンソン映画ですから」

Translated by Akiko Kato

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