物議を醸した鬼才プロデューサー、マシュー・ハーバートにとっての「ジャズ」とは?

―『Bodily Functions』以降のハーバートは、『Scale』(2006年)などでポップ路線も継承しつつ、さっきの『ONE PIG』を含むコンセプチュアルな三部作を出したり、政治/アヴァン色を突き詰めた作品を出したりなど、多彩なリリースを続けていて。その合間に、彼は自身が率いるビッグバンドを通じて、もう一つの柱であるジャズでも大きな成果を見せています。


『Bodily Functions』収録の代表曲「The Audience」、ビッグバンドによるライブ映像

柳樂:最初のアルバム『Goodbye Swingtime』(2003年)が出た時、かなり騒がれたもんね。ただ、大きく流行った反面、ハーバートが何を表現しているのか、当時はしっかり理解できてなかった気もしていて。「なんとなく新しい」というのは共有されていたけど、具体的にどこが新しいのかは噛み砕けてなかったというか。

―それは音楽的にってことですよね? 

柳樂:そうそう。タイトルにもある通り、基本はオールドスクールなスウィング・ジャズっぽい曲調なんだけど、一部の楽器が打ち込みに置き換えられているんだよね。気づいたらループされていたり、そういうのが当時の技術にしては驚くほど自然で。ビッグバンドをサンプリングするんじゃなくて、エレクトロニカの発想でビッグバンドをやっているような感じ。というのも、2003年頃はクラブ・ジャズの全盛期で、その頃は四つ打ちのうえでジャズをやるみたいなのが主流だったんだけど。

―いわゆるニュージャズですよね。

柳樂:そうそう。あとは、4ビートなんだけど四つ打ちのビートも入った、踊れるハードバップみたいなのが多かった。そのなかで、ハーバートは流行に走ることなく、自分らしい手法を貫いているんだよね。きっと、アンダーグラウンド・レジスタンスの「Hi-Tech Jazz」みたいなのが「未来のジャズ」だと言われていた時期に、「打ち込みに即興を加える」のとは別に、プロデューサー/DJだからこそ作れるジャズとは何か考えたんだと思う。機材の関係もあるだろうし、今聴き直すと拙い部分もあるんだけど、当時のトレンドに比べるとかなり異質なサウンドなんだよね。



―今振り返れば、本当に「未来のジャズ」をやっていたのはハーバートのほうだった。

柳樂:そうなるよね。DJ KRUSHさんがターンテーブルを楽器のように扱ったり、あるいはサンプラーを叩いて、セッションに加わろうとしたのに近い発想でやっていたのかなと。

―もちろん、ハーバートの場合はサンプラー禁止なので、打ち込みっぽい電子音もみずから加工してるんでしょうけど。

柳樂:そういう音色も、しっかりコンポーズしてスウィングジャズの中に違和感なく組み込んでいるでしょ。このアルバムのジャケット、モノクロームの中に一部だけカラーが入り込んでるのが印象的で。モノクロームな古いジャズの世界に、現代的なカラーのエレクトロニクスが入っているのを表現したかったんだと思う。

―その話でいうと、ハーバートの古いジャズに対する憧憬は、現在に至るまで一貫している気がしますね。過去から未来を導き出しているというか。

柳樂:たしかに。あとはヨーロッパ感が強くて、時代的には1930年代~60年代までって感じかな。スウィング・ジャズっぽいんだけど、もろにジャズっていうよりは、ミュージカルとか映画のサントラみたいな雰囲気だよね。ビッグバンドのジャズで言えば、ケニー・クラーク=フランシー・ボラン・ビッグバンドとか、その辺のヨーロッパの洗練されたビッグバンドの感じがする。あとはネルソン・リドルっていう、歌モノの伴奏とか映画のサントラを手がけた編曲家がいるんだけど、あえて挙げるなら彼の音楽も近いかな。それから、ジャズの世界では舐められがちだけど、もっとポップ寄りのビッグバンド、ソーター・フィネガン・オーケストラとか。そういったシリアスではないジャズを再解釈している感じもある。




―(聴き比べながら)たしかにそうですね。

柳樂:2ndアルバムの『There’s Me And There’s You』(2008年)はもっとそういう感じがする。歌モノがメインで構成されていて、かなりシアトリカルな佇まいだし。ジャズっていうよりはヨーロッパ演劇風だよね。レーベルでいうとサラヴァみたいな。

あと、『Goodbye Swingtime』は戦前くらいのオールドタイミーなジャズの雰囲気だけど、2作目は少しブラックミュージックっぽいから時代的には70-80年代的とも言えるんだよね。クラブ・ジャズで唄ってそうな、いかにもイギリスの黒人女性って感じのボーカリストを起用してたりして。同じビッグバンド・ジャズでも、この2作でやってることは全然違う。『Goodbye Swingtime』でやっていた、楽器の音を置き換える手法もほとんど使っていないし。2作目は明らかに作曲能力が上がっていて。



―映画や舞台のスコアを集めた『Score』(2007年)みたいな作品で、コンポーザーとしての経験を積んだのも関係あるかもしれないですね。

柳樂:1stではホーン・セクションのユニゾンとか、「いかにもスウィングジャズのビッグバンド」って感じのベタなアレンジが目立つんだけど、2ndは歌メロとホーンが別々に動いたり、作曲のクオリティがまったく違う。その代わり、わかりやすい実験性は1stのほうが強いから、好みが分かれるところではあるんだろうけど。「ハーバートなのに音楽的にまとも」みたいな批判もあったらしいし(笑)。

あと、ハーバートのビッグバンド作品と一緒に聴いてみてほしいのが、彼がプロデュースしたロイシン・マーフィーの『Rudy Blue』(2005年)。ジャズっぽい管楽器の生音と電子音をうまく混ぜたサウンドで、『Goodbye Swingtime』の成果を活かしつつ、歌と合わせるためのアイデアは『There’s Me And There’s You』とも通じる部分も見えて面白い。それにこのアルバムは全体的にまったく古びてなくて、今でも有効なサウンドも聴こえてきてびっくりする。隠れた名盤だね。


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