物議を醸した鬼才プロデューサー、マシュー・ハーバートにとっての「ジャズ」とは?

―ビッグバンドとしての歩みを振り返ってきましたが、ニューアルバムの『The State Between Us』はどうでしたか?

柳樂:音だけでいうとやっぱり、これまでの2作品とは全然別ものだよね。前作から11年も経てば、いろいろ変わって当たり前なのかもしれないけど。あまりジャズっぽくないし、むしろマーラーのアルバムのほうが近いんじゃないかな。

―ハーバートがマーラーの「交響曲第10番」を再構築した、『Recomposed By Matthew Herbert: Mahler Symphony X』(2010年)のことですよね。

柳樂:あとは、最近でいうインディー・クラシックに近い気がする。ニコ・ミューリーみたいな。





―2曲目「You’re Welcome Here」のドローン的で重たいストリングスとか典型的ですよね。それに、今回はクワイア(合唱隊)の存在がキーになっていて、ソロで歌うシンガーもクラシック的な資質を持つ人が集まっている印象です。

柳樂:そうそう。スタンダードの「Moonlight Serenade」が入ってるから、ノスタルジックなジャズ路線なのかなと一瞬思ってしまいそうだけど。それ以外の曲はほぼそういうのじゃないから。音だけで考えると、なんでこの曲が入っているのか謎だよね。

―たしかに。

柳樂:わかりやすいメロディーがなくて、つまりジャズで言うところのテーマがあんまりないから、曲っぽさも希薄な感じがする。イントロからアウトロに至るまで、同じようなフレーズがずっと続いて、曲が始まっているのかわかりづらいまま終わっちゃう。トランペットをミュートさせていたり、ハーモニーがクラシック的だったりするのは、強いて言えば、ギル・エヴァンスとか、クロード・ソーンヒルとか、スタン・ケントン、もしくは狂ってるときのデューク・エリントンあたりと共通点があるとも言えるかもなんだけど。




―その一方で、フィールドレコーディングへの執念や、「The Words」でのコラージュ的な音響処理、「Where’s Home?」で突然鳴り出すダンスビートを聴くと、やっぱりハーバートらしい作品だなと思ったりもして。

柳樂:そうなんだよね。あとはそもそも、ビッグバンドが全員一斉に演奏している曲がほとんどないでしょ。ドラムの音が入ってない曲もあるし。いかにもビッグバンドって感じで演奏しているのは、「Moonlight Serenade」を除けば「Fish and Chips」「Backstop (Newly To Strabane)」とか数曲くらい。これまでで一番実験的に聴こえるんだけど、響きはすごく今っぽい。

―今作でハーモニーにこだわっているのは、アルバムの背景やメッセージを考えると納得がいくというか。ブレグジットに伴う混乱の中で、自分と異なる意見や背景を持つ人たちが、手と手を取り合うことの大切さと難しさを考えているアルバムだと思うので。

柳樂:なるほど。きれいなハーモニーが少なくて、全体的にちょっと不協和音っぽかったり、ビッグバンド全体を鳴らしてない不足感があるのは、足並みの揃わない現状への苛立ちや現状そのもののメタファーなのかもね。だから、今回は不揃い感があるゆえにスウィングしてたり、グルーヴしてる曲はほとんどない。その代わりに音響や音色をひたすら追求している感じになったんじゃないかな。それをうまいこと、ボーカルやクワイアの声と混ぜようとしたのかな。なにせ、これまでの作品と比べると、遅くて暗いんだよね。時代の雰囲気もあるんだろうし、うんざりしてたり、がっかりしてたりするフィーリングにも聴こえる。

―特に前半は、厳かなムードが強調されていますよね。

柳樂:でもアンビエンスがあるし、歌声や朗読が入るとメランコリックに聴こえる。そこはかなり今っぽいフィーリングなのかなと。「Moonlight Serenade」とかも、ドラッギーでサイケデリックなリヴァーブがかかってて、遅いテンポで音像が曇ってる感じがモダンなんだよね。きっと、この10年で作曲に対する心境が大きく変化したんじゃないかな。これまでは典型的なイギリス人だったのが、もっと視点がグローバルになっているというか。範囲がEUくらいまで広がったのかな。



―ここにきて、作曲家として一回り大きくなった気がしますよね。このアルバムに1000人以上のEU加盟国出身のミュージシャンが集められていて。そこまでのスケール感になったのは、「ブレグジットに対する抗議」という政治的なテーマはもちろん大きかったんでしょうけど、当然それだけではなかったんでしょうし。

柳樂:昔、あれだけグローバリゼーションを批判していた人が、そういう方向に成長しているのも感慨深いというか。時代の流れを感じてしまうよね。ここまで話してきたように、幅広い音楽活動が自分のサウンドにも影響を与えてきたわけで、今度のDJツアーにも『The State Between Us』のモードが何かしら反映されるんじゃないかな。

―基本的には従来通りハウスとテクノ主体でしょうけど、これまで以上に尖った、もしくは包容力のあるハーバートのプレイが見られるかもしれない。

柳樂:そう考えると楽しみだね。ハーバートのDJなんて、イイに決まってるもんな(笑)。



〈ツアー情報〉

Matthew Herbert DJ Tour 2019
東京:
2019年4月22日(月)代官山UNIT
with Yoshinori Hayashi and 食品まつり a.k.a foodman
Open / Start 19:00
Extra Sound System Provided by PIONEER DJ

北海道:
2019年4月23日(火)札幌 Precious Hall
with Naohito Uchiyama and OGASHAKA
Open / Start 20:00

福岡:
2019年4月24日(水)福岡Kieth Flack
with T.B. [otonoha / under bar]
Open / Start 20:00

京都:
2019年4月25日(木)京都 CLUB METRO
with metome (Live Set)
Open / Start 20:00


RAINBOW DISCO CLUB 2019
2019年4月27日(土)~4月29日(月・祝)
詳細:http://www.rainbowdiscoclub.com


〈リリース情報〉


ザ・マシュー・ハーバート・ビッグ・バンド
『The State Between Us』
発売中

詳細:http://hostess.co.jp/matthewherbert/

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