音楽史上最高のプログレ・ロック・アルバム50選

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40. ソフト・マシーン『サード』(1970年)

『サード』に収録された「ムーン・イン・ジューン」のロバート・ワイアットによる歌詞を引用すると、ソフト・マシーンは「悪巧みをする人や誘惑する人、反乱を起こす人、誰かにものを教えるような人たちにとっての背景雑音(background noise for people scheming, seducing, revolting and teaching)」を専門としている。彼らの音楽は異様なほど力強く斬新であり、ピアノの上にピアノを落としたような耳障りな音に聞こえることも多い。インストゥルメンタルの大家であるこのイギリス人たちが未加工のテープを継ぎはぎして作った音は、ピンク・フロイドの曲がバブルガム・ミュージックになったような印象を与える。20分近い長さの曲が4曲収録された『サード』は「フェイスリフト」の自由なジャズの脅威でスタートされる。「フェイスリフト」は「アウト-ブラッディ-レイジャス」の静かに怒りを感じる雰囲気とは違い、もっとタガが外れたように激怒した感じの曲だ。キーボード奏者のマイク・ラトリッジはこのアルバム全体をほぼ怒り狂うことに使った。ワイアットが意味不明なことを話している間に、彼とベーシストのヒュー・ホッパーはクリームの曲を6曲同時に演奏したみたいな前述の「ムーン・イン・ジューン」を作った。「俺はトランス状態で仕事をするから、でき上がるまで自分が何をしているのかわからない」とワイアットは語った。by R.F.

39. ポーキュパイン・トゥリー『フィアー・オブ・ア・ブランク・プラネット』(2007年)

英国のアートロック・バンド、ポーキュパイン・トゥリーは9枚目のスタジオ・アルバムのために、ブレッド・イーストン・エリスの小説『ルナ・パーク』を基にしたコンセプト・アルバムを制作した。歌詞は主人公の若者が処方薬の投薬療法とインターネットによる過剰刺激によって自分の躁うつ病や注意欠陥障害とどのように戦ったのかを語る内容だ。この音楽は躁うつ状態にある主人公をイメージさせるため、時々混沌とした楽節のなかを転がり落ちるような無秩序なヴォーカル・メロディや独特なムードのあるギター、ドラムの音色を駆使している。ポーキュパインはラッシュのギタリスト、アレックス・ライフソンやジャパンの元キーボード奏者、リチャード・バルビエリの助けを得ながら、調和のとれたプログレや90年代の鋭いオルタナティヴ・ロックとけたたましいハードロックのパワーコードで自分たちの曲に特色を与えた。by J.W.

38. ゴング『ユー』(1974年)

母国オーストラリアを離れて活動していたデヴィッド・アレンはプログレ界で最も偉大な変人のひとりである。彼はこのジャンルの先駆けであるソフト・マシーンを創ったメンバーであるが、フランス人とイギリス人の集まりであるゴングには、イングランドのサイケデリックな斬新さやドイツの宇宙音楽的なジャム・セッション、ウェールズの自由奔放なフュージョンといった3つの特徴がある。「ラジオ・ノーム三部作」として知られるシリーズ化された3枚のフルアルバムである彼の最高傑作は、マリファナ中毒の妖精や音階の博士、空飛ぶティーポット、「ゼロ・ザ・ヒーロー」として知られる熟練職人に関する適切な格言(ノーム)的な語りがある。三部作の最終章『ユー』では音楽がさらにワイルドになり、三部作のなかでいちばんの傑作だ。アレンがミューズ、ジリ・スマイスと議論(ソフトポルノ版の良い魔女グリンダとしてイメージし直されたニコについて)する一方、ディディエ・マレルブは自由なジャズ演奏で暴走し、スティーヴ・ヒレッジはジョン・マクラフリンにマジック・マッシュルームを与えて幻覚を見せたりしながら、バンドは半分も意味をなさない漫画のようなハシシ小屋の受難劇を作り上げた。by W.H.

37. マリリオン『旅路の果て』(1987年)

80年代の英国プログレッシヴ・ロックの寵児マリリオンは、派手な革パン・スタイルのヘアメタル(通称グラムメタル)にはまったアメリカのロックファンのために、ピーター・ガブリエル率いるジェネシスのスタイルを作り直した。英国のアルバム・チャートでナンバーワンを維持し、米国チャートで47位を記録した1985年発売の商業的な大ヒット作『過ち色の記憶』の次回作であるマリリオンの4枚目のアルバムは、メロディとメロドラマのバランスが上手くとれた作品だった。趣のある演出とギタリストのスティーヴ・ロザリーによるゆったりとした比較的控えめなギター(ジェネシスのスティーヴ・ハケットとU2のジ・エッジを足して2で割ったようなスタイル)に包まれて、失敗したミュージシャンや、パブやホテルの部屋とロビーで痛みを取り除くために酒を飲むような怠けた父親についての心が痛むような物語(ほぼ話し言葉で語られる)がフィッシュによって上演された。「このコンセプトは生々しすぎたのかもしれない」と、彼は1999年に再販されたアルバムのライナーノーツに記している。フィッシュはソロのキャリアを取り戻し、追求していくためにすぐにバンドを去っていった。by J.W.

36. アルモニウム『シ・オン・アヴェ・ブゾワン・デュヌ・サンキエーム・セゾン』(1975年)

フランス系カナダ人のフォーク・ギター・トリオであるアルモニウムは、彼らのセカンド・アルバムで、四季(そして空想上の5つ目の季節)をテーマにしたコンセプト・アルバムに深みを与えるために木管楽器とキーボードを追加し、交響曲のようなクインテットとしてパワーアップした。A面はギタリストのセルジュ・フィオリの愛をささやくような甘い歌声とジャズふうのくだりによって全体的に牧歌的なぬくもりがある。A面は上品ではあるが、フルートの主旋律とメロトロンのぼんやりとした音色そして次第に強くなるヴォーカルのハーモニーが17分間繰り返し続くB面の目玉曲「イストワール・サン・パロール」(ジュディ・リチャーズがゲスト参加)のためのウォームアップにすぎない。2007年、ジャーナリストのボブ・マースローは自身の著書『トップ100・カナディアン・アルバムズ』で、このアルバムを56位に位置づけた。しかし、本作はフォーク・プログレッシヴのジャンルにおける最重要作品なので、彼の作品に対する評価はあまりに低すぎるのではないだろうか。by R.R.

Translation by Deluca Shizuka

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