音楽史上最高のプログレ・ロック・アルバム50選

45. トリアンヴィラート『二重えくぼの幻影』(1974年)

このドイツの3人組は、エマーソン、レイク&パーマーの複製品というレッテルを貼られることが多いが、それはたとえ無理もない見解だとしても不当で取り消されるべき意見である。グランド・ピアノやハモンド・オルガン、ムーグ・シンセサイザーの音をユルゲン・フリッツがキーボードという武器で奏でることで勢いがつけられており、バンドは明らかにエマーソン、レイク&パーマーの『恐怖の頭脳改革』の技術を熟知していた。しかし、彼らは想像を超えるような才能で独創性に欠けていた部分を補った。トリアンヴィラートによる1994年発売のセカンド・アルバム『二重えくぼの幻影』はプログレッシヴ・ロックの傑作であり、レコードの両面にわたり途切れずに続く2曲の叙事詩にオペラふうの合唱とポップで陽気な爆音を組み入れた。彼らは70年代の終わり頃に商業的な安定を求めて自分たちのアプローチを弱めていき、その後みじめに散っていった。しかし本作のおかげで、トリアンヴィラートが残した業績は広いプログレ界においてゆるぎないものとなった。by R.R.

44. ストローブス『ヒーロー・アンド・ヒロイン』(1974年)

リーダーのデイヴ・カズンズによる野望に満ちた散文体の詩とありのままのさえずるような歌声に率いられるストローブスは、ストロベリー・ヒル・ボーイズというブルーグラス・バンドとして始まった。一時期はフェアポート・コンヴェンションの未来のヴォーカル、サンディ・デニーとバンド活動を行っていたが、1970年代半ば頃になってようやく本格的なプログレ・バンドに発展した。『ヒーロー・アンド・ヒロイン』は、ジョン・ホウクンのぼんやりとしたメロトロンとギタリストのデイヴ・ランバートによる弦のディストーションによって支えられ、バンドの作品のなかで最も重く調和のとれたアルバムである。ストローブスは自分たちのアコースティックな面を捨てることはなく、カズンズが歌う最も自信に溢れたバラードのひとつである「ミッドナイト・サン」などにはそんな一面が残っている。しかし、新たに得た才能とエネルギーのおかげで彼らの魅力が強められた。複数部構成のオープニング曲「オータム」はバンドの最も堂々としたあり方を示す曲であり、プログレのタイムカプセルにとってもの悲しい叙事詩のひとつである。おまけ話:プロデューサー・チームのシド・ロームスはラッパーのパプースが2008年にリリースした曲「バング・バング」にストローブスの曲をサンプリングした。by R.R.

43. エレクトリック・ライト・オーケストラ『エルドラド』(1974年)

「エレクトリック・ライト・オーケストラによる交響曲」というサブタイトルがついたELOの4枚目のフルアルバムは、多重録音したギター・パートとは対照的に、初めて本物のオーケストラを採用した作品だ。孤独や日々のつまらない仕事から逃れたがる男のロマンティックな空想がテーマのコンセプト・アルバムである『エルドラド』は本質的にポップなプログレである緻密で雰囲気のあるタペストリーのように曲を織り込んでいった。このアルバムは完全な作品として堪能されるように作られ、典型的な天才肌タイプのジェフ・リンによる聞かせどころがいくつもあるのに、トップ10入りのヒットを記録したのはタイトルが示唆するとおりキャッチーな曲「キャント・ゲット・イット・アウト・オブ・マイ・ヘッド」のみだった。当時のローリングストーン誌が「勝利のようなもの」と称した『エルドラド』は、実験的な映画監督のケネス・アンガーによって、映画『快楽殿の創造』(1954年作)の再販版(1978年リリース)のサウンドトラックとして使用された。間違いなくアルバムが作り出す映画のようなクオリティにぴったりだ。by D.E.

42. メシュガー『デストロイ・イレース・インプル-ヴ』(1995年)

本作はオーネット・コールマンの『ジャズ来るべきもの』のように大袈裟なアルバム・タイトルがついた作品のひとつであり、実際にその宣伝文句に見合う成果があった。スウェーデンの破壊者集団による最高のセカンド・アルバムは、1995年に世に放たれた瞬間にプログレッシヴ・メタルの原型を破壊し、消し去り、そして改良した。このアルバムの脳みそがオーバーヒートするようなポリリズムとどもるようなリフ、ロバート・フリップふうのギターソロの融合を「マス・メタル」と呼ぶ人もいたが、バンドメンバーはそれを「ジェント」と呼んだ。ダウン・チューニングしたり、過度に歪ませた彼らのギターの爆音を説明するこの造語は、もともとバンドのリード・シュレッドギタリストのフレドリク・トーデンダルが造り出したものだが、ペリフェリーやアニマルズ・アズ・リーダーズ、テッセラクトなどの若いプログレッシヴ・メタルファン世代を象徴する言葉となった。だが、どんなに努力しても「フューチャー・ブリード・マシーン」ほど耳障りだが巧妙でキャッチーな曲は誰にも作れないだろう。バンド自身も認識しているように、この曲のタイトルの3単語はメシュガーのコンサートで最も繰り返し叫ばれている言葉である。by B.G.

41. アモン・デュールII『地獄!』(1970年)

ローリングストーン誌のレスター・バングスが「ドイツの素晴らしくサイコすぎるバンド」と評したアモン・デュールIIは無駄に長いセカンド・アルバムにおいて本気で頭がオーバーヒートするような曲を披露した。同時期にいたほかのクラウトロックと比べて重くどんよりとした雰囲気があり、バンドはヴェルヴェット・アンダーグラウンドやジミ・ヘンドリックス、フランク・ザッパ、ジェファーソン・エアプレイン、ピンク・フロイド、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスの要素をアフリカやアジア、インディアンから受けた影響と融合し、非常に私的でより一層奇妙な音楽を創造した。『地獄!』の半分はスタジオで完全に即興で作られたものだが、どの曲がその半分に該当するのか見極めるのは難しい。アルバムのオープニング組曲「ソープ・ショック・ロック」や激しいロック曲「天使の雷鳥」などの事前に作曲されていた曲は彼らの原始的な体内コンパスに従っているような印象があるが、即興で作られた9分間のクロージング曲「雨に濡れるサンド」(バンドの全員が麻薬を使った状態でレコーディングが行われたらしい)はその完全に透き通った美しさにうっとりするような仕上がりだ。『地獄!』は最も優れたクラウトロック・アルバムのひとつであるだけでなく、サイケデリック・ロックの原始時代における最上級のアルバムでもある。by D.E.

Translation by Deluca Shizuka

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