DJハリソンが語る 古いレコードの質感を追い求め、アナログの魔法を今に蘇らせる美学

Photo by Eric Coleman

米ヴァージニア州リッチモンドを拠点とする、ブッチャー・ブラウン(Butcher Brown)という5人組がいる。ヒップホップ/ネオソウル以降のジャズ系バンドである彼らは、サウンドの質感への徹底的なこだわりに加えて、そのインスピレーション源やカバー曲の選曲センスも高く評価されてきた。

アナログ機材やテープでの録音は当たり前。まるでマッドリブがバンドを結成したかのように敢えて音質を落としたり、ノイズ交じりで録音したり、ジャズ系のバンドはまずやらない手法を駆使している。そのこだわりからレコードだけでなく、カセットテープでのリリースをずいぶん前から行なっていた。

さらに彼らは、トム・ブラウン「Funkin' For Jamaica」、デヴィッド・アクセルロッド「Holy Thursday 」、ボブ・ジェイムス「Nautilus」、ワンネス・オブ・ジュジュ「African Rhythms」、タリカ・ブルー「Dreamflower」など、レアグルーヴもしくはサンプリングの文脈で知られる曲を数多くカバーしている。そんなセンスを持ち合わせたうえで、クリスチャン・スコットやカート・エリングなどにも起用される敏腕が名を連ねているわけで、こんなバンドは世界中を探しても他に存在しない。

そのバンドの中心人物が、DJハリソン(DJ Harrison)ことデヴォン・ハリス。彼は鍵盤を中心にマルチ奏者としてバンドをけん引しながら、アナログ機材を自在に操るエンジニアとして録音やミックスを担い、ブッチャー・ブラウンのディープな音楽を作り上げてきた。しかも、ビートメイカーであり、プロデューサーであり、2017年からはDJハリソンとして名門Stones Throwからソロアルバムをリリースしている。同名義では自身ですべての楽器を演奏し、それを録音〜サンプリングしながら構築したプロダクションを、みずからミックスしている。マカヤ・マクレイヴンやカッサ・オーバーオールらと並ぶ、現行シーン屈指のミュージシャン兼プロデューサーだ。

そんなDJハリソンの最新作『Shades of Yesterday』はカバー集。独自のDIYスタイルで様々なジャンルの名曲を自分のカラーに落とし込んでおり、どこからどう聴いても彼にしか作れないアルバムとなっている。

今回、日本初インタビューが実現した。まずは日本語での情報が少ない彼を知るための話をたっぷり掘り下げ、最後に新作の話に辿り着くのだが、そのすべてがひとつの流れで繋がっている。ハリソンの影響源からサウンドメイクで目指していることまで、どの話にも一貫性があり、そこには同じ美学が宿っている。この記事を読むことで、彼がどんなアーティストなのか、ブッチャー・ブラウンがどんなグループなのかも明らかになるはずだ。




―10代の頃に夢中になった音楽について聞かせてください。

DJハリソン:初めて車を手に入れた頃によく聴いていたのは、ジョン・コルトレーンの『A Love Supreme』とか『Africa/Brass』だったけど、ディアンジェロの『Voodoo』の日もあったり、N.E.R.D.の『Fly Or Die』とか、ソウライブを聴いたり、とにかく色々聴いてたよ。色んなジャンルから選りに選って聴くっていう今のスタイルはその時からかもしれないね。

―楽器を演奏するようになったきっかけは?

DJハリソン:子供の頃、ドラムセットとかキーボードがある環境で育ったし、その時はわからなかったことだけど、僕にはいわゆる絶対音感があって、音の技術的なことなんてわからない頃から耳にした曲を覚えることができたんだ。例えば、6歳か7歳の頃、マーヴィン・ゲイの曲を聴いて、どのコードだとか説明することはできなかったけど、正確にコードを弾くことはできた。だから音楽ってそういうものだってずっと思っていたけど、高校生の時に自分に絶対音感があることがわかって、「おいおいデヴォン、どうやら誰もがそうというわけじゃないみたいだぞ」って気づいたんだ。

―バージニア・コモンウェルス大学での専攻は何でしたか?

DJハリソン:ジャズ専攻で、楽器はドラムだった。

―へえ、キーボードじゃなかったんですね。

DJハリソン:うん、でもジャズ・ピアノも在学中にレッスンは受けてたよ。

―鍵盤以外にも数多くの楽器を演奏するようになったきっかけは?

DJハリソン:家では両親が常に色んな音楽をかけていた。カセット・テープやCDのようないわゆるフィジカル・フォーマットのアルバムがたくさんある環境で育ったんだ。そういうのを見ながら母が「ほらね、これがバンドっていうの。みんな色んな楽器持ってるでしょ」って説明してくれた。で、僕が「バンドって何するの?」とか「このレコードに載ってる人たちって誰なの?」って聞くと、両親は「そうだね、この人たちはね、スタジオでこのレコードに入っている曲を演奏した人たちだよ」ってわかりやすく教えてくれたんだ。そこから「レコードってどうやって作るの?」って具合に、とにかく子供の頃から曲作りの仕組みや音響、楽器全般とか、レコードが作られる過程にすごく興味があった。そこから始まったんだ。


DJハリソンの多重演奏セッション動画

―これまで特に研究してきたピアニスト、キーボード奏者は誰ですか?

DJハリソン:ハービー・ハンコックにチック・コリア、ジョー・ザビヌル、それともちろんロバート・グラスパーとか。あとジョージ・デュークも。彼らみたいにレコードで聴いてきたアーティストたちはもちろんだけど、仲間のミュージシャンたちも僕にとっての研究対象だった。彼らだって僕と同じアーティストたちに影響を受けているわけだからね。まあ、言ってみれば同じ木から分かれして伸びているいろんな枝、みたいな感じだよね。

―これまでで最も研究したコンポーザーを教えてください。

DJハリソン:スティーヴィー(・ワンダー)にディアンジェロ……ディアンジェロだって、今挙げた巨匠たちを学んだ立場だしね。もっと遡るとヴィンス・ガラルディとかマーヴィン・ゲイ、それとミニー・リパートンやアース・ウィンド・アンド・ファイアーの作品に貢献したチャールズ・ステップニー。ジャコ・パストリアスもそうだね。

―今挙げたような人たちに何か共通点はありますか?

DJハリソン:彼らの持っている感覚っていうか、フィーリングみたいなものかな。コードとか歌の構成に関して熟知していたり、技術的に達人であることはもちろん重要だけど、そういった音楽的なルールとかを知らないリスナーも含めて、聴く人の気分が良くなったり、何かを感じさせることができるものを作る能力というかね。やっぱり良いものは良いんだよね。それに尽きるよ。


Photo by Ross Harris

―あなたがビートメイクやトラックメイクを始めたきっかけを教えてください。

DJハリソン:Stones Throwと契約したことかな。契約する前からJ・ディラとかMFドゥーム、マッドリブとか尊敬してやまない錚々たるメンバーが揃っているレーベルだからすごく関心はあった。彼らが音源を抽出したり、サンプリングの素材として選んでいたレコードの大半は、僕にとっては自分が小さい頃から聴いていたものばかりだから、そういったレコードはもちろん研究したけど、その一歩先を行って実際に自分がそれらをリプレイできるっていうのは、また全然違う次元なんだよね。そんな感じで始まったよ。だから彼らのおかげなんだ。

―特に研究したビートメイカーやトラックメイカーを教えてください。

DJハリソン:J・ディラにマッドリブ、カリーム・リギンス、アルケミスト、あとブラック・ミルク、カニエ(・ウェスト)、DJプレミア、ザ・ルーツ、クエストラヴとか、とにかくたくさんいるよ。僕はそんな彼らの遍歴から抽出したものを元に自分自身のサウンドを作っているんだ。彼らが僕に与えてくれたインスピレーションを最大限大切にしながら、自分のサウンドを追求している。

―今挙げてくれた名前に共通点などはありますか?

DJハリソン:ソウル(魂)だね。アイデンティティというか。今挙げたアーティストはみんな、同じサンプルを使っても、それぞれが自分のサウンドにしている。そこに自身のアイデンティティを込めるんだ。ソウルにアイデンティティが込められているという意味で、言ってみればハートだよね。



―マッドリブからの影響をいろんなところで語っていますよね。具体的に言うと?

DJハリソン:とにかく自分の道を突き進むこと、そして自分の素材に責任も持つことかな。マッドリブぐらいになると、何をやっても手がけた作品には彼のカラーが出るけど、そんな彼から自分のやっていることに確信を持つことの大切さを教わったよ。たとえそれが万人受けしないことだとしても、自分が信念を持って取り組めば、聴く人には伝わるっていうこと。そのことを彼のジャズのアルバムや、彼がMFドゥームやJ・ディラとやったレコード、それにインスト盤とかビートコンダクター名義で出したアルバムを聴いた時に理解したんだ。同じサンプルから抽出するだけじゃなくて、それぞれの楽器を研究し、なおかつそこから出来上がったものに対してしっかり主導権を握っているアーティストだって思ったよ。

―マッドリブの中で特に影響を受けたアルバムやプロジェクトは?

DJハリソン:僕の今回のアルバムは『Shades Of Yesterday』だけど、マッドリブの『Shades Of Blue』は大きいよね。あと『Beat Konducta』シリーズ、『Medicine Show』、とにかくたくさん。それと初期Stones Throwのコンピレーション作品で、フリー・デザインっていうバンドのリミックス集もそうだな。あのプロジェクトにはPBW(ピーナッツ・バター・ウルフ)とかマッドリブをはじめとするたくさんのアーティストが参加しているんだけど、あれこそが初期のStones Throwサウンドなんだよね。そんな名だたるアーティストたちが名を連ねるレーベルに自分が加えられたなんて本当にマジかよって、いまだに信じられないんだ。


『The Free Design / Redesigned The Remix E.P. Vol.1』(2004年)に収録されたマッドリブ「Where Do I Go」

―真っ先に『Shades Of Blue』が挙がりましたけど、どんなところが好きなんですか?

DJハリソン:ブルーノートって最高峰のジャズ・レーベルの一つだよね? 大学でジャズを専攻して学位を取った僕にとって、そんな名門レーベルの音源をリミックスしたアルバムという突拍子もないものを出したヤツなんて、マッドヴィランやJ・ディラ以外で初めての衝撃だった。彼は名曲の数々をリミックスして独自のものを創り上げたんだ。すごいことだよね。若い時にディアンジェロを初めて聴いた時も同じような感覚を覚えた。母が「このアーティストはね、私たちがいつも家で聴いてるような古いレコードが好きで、そういうサウンドのアルバムを今の時代に作ってる。ちなみに彼、リッチモンド出身だから」って教えてくれたんだ。「ということは、僕にもできるじゃん。自分の進むべき道が見つかった」って思ったよ。

―あなたのスタイル的には、イエスタデイズ・ニュー・クインテットとか好きかなと思ったのですが。

DJハリソン:そうだね、『Yesterday's Universe』の「One For The Monica Lingas Band」はお気に入りの一曲だよ。高校〜大学時代によく聴いてた。カリーム・リギンスとコラボしたジャハリ・マサンバ・ユニットもいいね。

―あとは同郷のプロデューサー、Ohblivからの影響もいろんなところで語ってますよね。

DJハリソン:そうだね、僕が学生の頃、彼は地元で頑張る片割れみたいな存在だった。ビートのテープを作ったり、古いレコードからサンプリングしたりしていて、彼のおかげで地元で同じレコードを聴いている仲間たちとの繋がりができたんだ。SP-404(サンプラー)を教えてくれたのも彼だった。今でもその頃の古いカセットはいっぱい持ってるよ。昔はよく仲間たちとカセットテープからmp3に変換しなきゃいけなかったんだよね。ここ(自室)にある彼の音源のライブラリーはすごい量なんだけど、そういったサンプルの大半はJ・ディラやマッドリブ、アルケミストといった面々それぞれの流派のカタログの一部でもあって、そこからカルチャーが切り取られた様をうかがい知ることができる。今でも彼は自分のスタイルで活躍してるよ。間違いなく僕のなかでトップ10に入る人物だ。


Translated by Aya Nagotani

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