ディアンジェロと当事者が明かす、『Voodoo』完成までの物語

ディアンジェロ(Photo by Paul Natkin/Getty Images)

新時代のソウルを提示し、その後の音楽シーンに決定的影響を与えたディアンジェロの金字塔『Voodoo』はどのように生まれたのか。エレクトリック・レディ・スタジオでの制作過程にも密着し、飽くなき探究心やグルーヴへの執念について語った、2000年の秘蔵インタビューをお届けしよう。この記事はショウの開演直前、バンドメンバーが手を繋いで祈りを捧げる場面から始まる。そのとき、たまたまDの隣にいた筆者のトゥーレは、「読者やファンにも伝わるよう、彼と手をつないだ時の感覚を詳細に記述することを心がけた」と2021年に振り返っている


「戦争」の前の儀式

ディアンジェロがあなたの手を握っている。節くれだった彼の太い指が、あなたの指とかたく組み合わさっている。あなたにはわかる、ショウの前に毎回彼の膚にすりこまれるベイビーオイルが。万力のように締め付けられている彼のプレッシャーが。あなたの膚に食い込む彼の指輪が。痛いよね。でも、それは心地よい痛みだ。

「天にまします我らが神よ」静まり返った部屋で誰が言い出す。「私たちに、観客のこころに触れられる力を授けたまえ」総勢36名からなるディアンジェロのツアーバンドとクルーが彼の楽屋に詰め込まれ、手をつなぎ、頭を垂れ、大きな祈りの環を作っている。「私たちの力が及ばぬ時も、神よ、どうか、かなえてくれますように」楽屋からは大きな同意の声が返ってくる。

祈りを終えると、その一団は崩れ、激しい身振りで各自ハグしあい、喜びをたたえ一斉に声を上げる「ソウルトロニック・フォース! 我が贖い主、神よ!」。まるで彼らは準備に入ったかのようだ。エネルギー全開のランで押し切るフットボールのスマッシュマウスの、あるいは、音楽を通じたミッションの。

スクラムがバラバラになると、ディアンジェロは向きをかえ力強くハイタッチをする。手が折れそうなくらいに。D、みんなからそう呼ばれている彼は、拳でタッチする。相手に怪我をさせそうな勢いだ。爆竹を破裂させるほど手にかたく力を込めた平手から滑らかな流れのまま腕を組み(グリップ)、指をスナップし、両手の拳をぶつけ、もう一回腕を組む。あるいは、もっと組み合わせが多くなる。彼に好かれるほど、無敵の友軍には、そのがっしりした肩や腕により強い力が込められる。その場で、互いにふれあいながら、直接的に「きみはファミリーの一員」だと伝えるひとつの方法だ。「そこには仲間意識がある、ファミリーの、闘士たちの」。拳をぶつけあうことについて彼は後にこう語る。「俺はそこにミュージシャン軍団や自由な精神と音楽を見ている。戦争とかなり似ている」



Dは向きを変えると、楽屋内の闘士ひとりひとりに拳をぶつけてゆく。すばやく、短く、平手、グリップ、スナップの順に済ませる相手もいるが、多くの相手には、長く、14~5段階もある振り付けされたような手順で進める。舞台裏に、あるいはホテルに、またはどこにいても、彼が来たことは耳でわかる。彼が自分の好きな相手全員に拳をぶつけながら、廊下からやってくる時に、爆竹みたいな平手や、やたらとデカいフィンガースナップの音がするからだ。

バンドのメンバーはその場をあとにして、ステージ上のそれぞれの持ち場を探す。楽屋は閑散とする、そこに残されたのはDただひとり。シャフトが着るような黒い革のコートは膝のかなり下まで延び、コーンロウはしっかりときれいに編み込まれ、毛束の先まで申し分ない。肌の茶色はまるでチョコレート味のハーゲンダッツのよう。彼は恐らく身長167センチほどだが、がっちりした肩と腰骨はベイビーオイルで輝いていて、ほぼ完璧だ。ウェイトリフターに顕著な盛り上がった血管が、彼の上腕にも認められる。彼の唇は大きな枕だ。上唇のほうが少しだけ大きく、唇のあいだには太い線が走っている。その唇は潤いを帯びている。睫毛は長く、眼は深く窪み、緊張感を湛え、射貫くような眼差しを注いでいる。

3名のボディガードに囲まれながら、楽屋から階段へと滑らかに進む彼は、慌てず、その動きには豹に備わる筋肉の優美さと力強さを湛え、足取りはマッチョなピンプ気取り、肩をいからせ、闘いに向かうプロボクサーのチャンピオン特有の男らしさと虚勢が滲み出ている。彼は、ステージを覆い隠す緞帳の前に着くと、闘士のように立ち尽くす。脚を広げ、頭を垂れ、激しい息遣いから、神経の微かな揺らぎが漏れる。身じろぎもせず、たっぷり4分が経過すると、照明が仄かに灯る。すると、サンセット大通りに面したLAのハウス・オブ・ブルースの立ち見オンリーの観客たちから悲鳴が上がりだす、その大半は女性だ。そこにドラム、ベース、キーボードが「Playa, Playa」のグルーヴで切り込んでくる。午後10時7分、緞帳が開く。ディアンジェロは颯爽と登場すると、生まれながらに定められた位置に着く。センターステージに。

Translated by Masaaki Kobayashi

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