SZAロングインタビュー 葛藤を歌うシンガーの新たな季節

Photo by Gianni Gallant OUTFIT BY Y/PROJECT. RINGS BY BONY LEVY & SZA'S OWN.

全米アルバムチャート10週1位、第66回グラミー賞9部門ノミネート(授賞式は日本時間2月5日開催)、ローリングストーン誌US版が選ぶ2023年の年間ベストアルバム第1位。セールスと芸術性の両方で大成功を収めたシンガーソングライターのSZA(シザ)が、アルバム『SOS』の裏側を明かす。



SZAは今年度グラミー賞最多の計9部門ノミネート(☆:主要3部門)
☆年間最優秀アルバム賞『SOS』
☆年間最優秀レコード賞「Kill Bill」
☆年間最優秀楽曲賞「Kill Bill」
★最優秀ポップ・デュオ / グループ・パフォーマンス賞「Ghost in the Machine」
★最優秀R&Bパフォーマンス賞「Kill Bill」
★最優秀メロディック・ラップ・パフォーマンス賞「Low」
★最優秀トラディショナルR&Bパフォーマンス賞「Love Language」
★最優秀R&B楽曲賞「Snooze」
★最優秀プログレッシブR&Bアルバム 『SOS』

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その瞬間、私は、ランボルギーニ製トラクターのボンネットの上に乗ったSZAの美しさに心を奪われていた。ストリップクラブで働いたことのある彼女は、動いているトラクターのボンネットの上でラップ・ダンスのようなセクシーな踊りを披露している。ハンドルを握るのは、相手役のジャスティン・ビーバー。大勢のカメラマンに囲まれながら、「Snooze」のメロディにあわせて上半身をくねらせていたかと思うと、両手を離し、立ちあがろうとした。アスファルトの上には、マットやクッションのようなものは何もない。不吉な予感が脳裏をかすめた次の瞬間、SZAがトラクターから転げ落ちた。

ときは昨年8月の初旬。カリフォルニア州ポモナのだだっ広い駐車場の上には、雲ひとつない青空が広がっていた。制作スタッフ、メイクアップアーティスト、スタイリスト、マネージャー、レコード会社の面々が見守るなか、「Snooze」のMV撮影が行われていた。MVは昨年8月26日に公開され、最初の1週間で900万回近く再生された。SZAの転落シーンがカットされていたことは言うまでもない。



撮影の少し前、私はSZAにMVのコンセプトについて質問していた。MVには、SZAの友人でプロデューサーのベニー・ブランコ、俳優のウッディ・マクレーンとヤング・マジノ、そしてジャスティン・ビーバーが恋人役として出演している。「いろんな人との関係性を描きたかった。私自身、失恋を乗り越えようとしているから」とSZAは答えてくれた。“あなたと一緒にオープンカーに乗っていると、自分がスカーフェイスになったような気分”という歌詞にもあるように、私はてっきりオープンカーが使われると思っていた。だが、MVの監督としてメガホンを取ったブラッドリー・J・カルダーは、よりシュールな視覚効果をねらってランボルギーニのトラクターを選んだ(ランボルギーニといえばイタリアの超高級車メーカーだが、スポーツカーよりも先にトラクターを製造していた)。

本番前、SZAとビーバーはトラクターの試運転を行った。まるで自転車の二人乗りをする学生カップルのように、SZAがビーバーに背を向けてトラクターのボンネットの上に座る。カメラが回りはじめると、運転席に座ったビーバーがトラクターをあてもなく走らせた。そのあいだSZAは、ボンネットの上で立ち上がったりしゃがんだりを繰り返した。

それを見て筆者は、「怖くないのかな」とつぶやいた。SZAの大胆不敵さに少し面食らっていたのだ。実際、彼女はいまでも自分が無敵だと思っている。「ちっとも怖くないみたいです。だから、心配しないで」と、メイクアップアーティストが言った。

ドスン、という鈍い音とともにSZAの体がアスファルトを打つと、無言で彼女に見惚れていた制作スタッフと関係者は同時に息をのんだ。幸い、SZAはニーパッドをつけており、駆け寄ったスタッフに助けられて立ち上がると、何事もなかったかのように笑った。「1時間後に次のシーンを撮影します」と言われると、「せっかくいまから、ヤバイことをしようと思ったのに」とSZAは残念そうに言った。

トラクターの上で踊るSZAを見ながら、私は少女時代の彼女を想像していた。ミズーリ州セントルイスで生まれ、ニュージャージー州メイプルウッドで育った彼女は、柵を飛び越えたりルールを破ったりしながら、無謀とも思えるような自由さで欲しいものを追いかけていたに違いない。世界でもっとも成功したポップスターとしての現在のステイタスも、彼女の豪胆な性格と密接にかかわっている。それは、有名人でありながらも、アートを通じて自らの脆さを余すところなく披露する姿勢とも解釈できる。そんな彼女は、トップからの転落を待ち望む意地の悪い視線にさらされながらも、音楽界の頂点を極めようとしているのだ。

Translated by Shoko Natori

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