『ストップ・メイキング・センス』4Kレストア版の驚くべき舞台裏 伝説のライブ映画はいかにして蘇ったか? 

デイヴィッド・バーン、映画『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』より(Photo by JORDAN CRONENWETH/COURTESY OF A24)

トーキング・ヘッズによる伝説のライブ映画が、『ミッドサマー』などを世に送り出したA24の手で復活。バンド結成50周年・映画公開40周年となる2024年、『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』が2月2日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国にて公開される。同作はいかにしてより美しく、より鮮やかに、よりベターに生まれ変わったのか。サウンド監修に携わったメンバーのジェリー・ハリスンと関係者が、4Kレストア版に漕ぎ着けるまでの「探偵小説のような」舞台裏を明かす。

※2024年1月29日追記:読者プレゼント実施中、詳細は記事末尾にて


例えば、あなたがバンドをやっているとしよう——有名で高い評価を得ているやつを——そして、大掛かりで、演劇的で、普通のバンドの3倍ぐらいのミュージシャンがステージにいるツアーに没頭している。かつてそのバンドは、純然たるポストパンク楽曲とアル・グリーンのカバーをCBGB(70年代にNYパンク発祥の地となったライブハウス)で演奏していた。今やそのショウには、ドイツ表現主義風の照明と、歌舞伎のお約束と、滑稽なほどオーバーサイズのスーツが入り乱れている。背景にはマルチメディアのスライドプロジェクターが設置されており、そのスクリーンには無作為な語句(「Dollface(可愛い女の子)」「Drugs(ドラッグ)」「Public Library(公立図書館)」)が映し出される。あなたのバンドのリード・シンガーは、ランプを相手にアステア&ロジャース風のパ・ド・ドゥを踊る。そして「何か質問あるかい?」という気さくな会話が曲間に交わされる。それはロック・コンサートというよりパフォーマンス・アートだ。


『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』は全国のIMAXでも上映される

ゆえに、ある晩のショウのバックステージで、多くの支持者や取り巻きの中に、いかにショウが気に入ったかを手を取りながら熱く語る『女刑務所/白昼の暴動』や『メルビンとハワード』の監督の姿があったとしても驚きはしないだろう。それでも、彼が興奮気味に「これは映画みたいだ!」と口走るのは少々想定外だ。しかも数カ月後には、ロサンゼルスのパンテージ・シアターで、未来のオスカー受賞映画監督とそのクルー、そしてその全貌を後世のためにフィルムに収めようとする6人のカメラマンと共に、4夜に亘る公演を行っている。その翌春には、サンフランシスコ国際映画祭にて、あの共同作業から生まれたもののプレミア上映に臨んでいる。さらにその40年後には、トロントのIMAXシアターで踊りながら、(ハリウッドの)パンテージズ劇場とほぼ同じ大きさのその会場にて、今や史上最高のコンサート映画であろうと見なされているものの中で、自分たちの曲を演奏している若き自分を眺めているのだ。あなたは自問するだろう(You may ask yourself)。「どうしてこうなったんだ?(How did I get here?)」

これは、アルバム『Speaking in Tongues』に合わせて行われたトーキング・ヘッズの1983年のツアーを捉えた、ジョナサン・デミ監督の傑作音楽ドキュメンタリー映画『ストップ・メイキング・センス』を観た我々の多くが、長年に亘って何十回と繰り返してきた質問である。他にもいくつかある。例えば、この映画は本当に40年前のものなのか? どうしてタイムカプセルのように、時代を超越するもののように感じられるのか? そして、現在、世界でIMAXシアターで上映され、昨年9月より再び全米公開されたこの映画が、どうして映像もサウンドも良くなり、観ていてこれまで以上に活力や刺激が感じられるのだろうか?

最後の問いへの答えは、少なくとも、さほど哲学的ではなく、より実務的なものであり、ジェリー・ハリスンが嬉々として詩を吟じる対象である。おそらくは、このヘッズのギタリスト兼キーボーディスト以上に『ストップ・メイキング・センス』のファン、あるいは、彼や彼のバンド仲間やデミが捉えたものを理解する人物はいないかもしれない。そして彼と、数々のオリジナル・アルバムをレコーディング及びミックスし、バンドのバック・カタログを精査してドルビーアトモスでリミックスを施してきたエンジニア、エリック・”E.T.”・ソーングレンのコンビは、このコンサート映画やそのサウンドトラックの改修には全く関わっていなかった。「アップルが自社のヘッドフォンを推していたから、僕らも過去のカタログをこのアトモスでリミックスしたんだ」ハリスンがZoom越しに言う。「そんな感じで始まったんだ。でも、僕らは『ストップ・メイキング・センス』にはタッチしなかった。その後、一気にいろんなことが動き始めたんだ」。


『ストップ・メイキング・センス』でのラインナップ
左から:スティーヴ・スケールズ(Perc)、バーニー・ウォーレル(Key)、ジェリー・ハリスン(Gt, Key)、エドナ・ホルト(Cho)、デイヴィッド・バーン(Vo, Gt)、リン・メーブリー(Cho)、ティナ・ウェイマス(Ba, Gt, Key)、クリス・フランツ(Dr)、アレックス・ウィアー(Gt) COURTESY OF SIRE + WARNER MUSIC GROUP

まず手始めに、この映画の版権がバンドに戻ってきた。ハリスンは当時、デイヴィッド・バーン、ティナ・ウェイマス、クリス・フランツと共にバンド自ら資金を調達して、「トーキング・ヘッズ・ピクチャーズ」というレーベル名のもとにあの映画を制作した。当初はシネコムという会社によって配給されたが、そこは1991年に破産。そこからパーム・ピクチャーズが権利を獲得した。ハリスンによれば、配給契約の細目には、一定の期間後に映画の版権が彼らに戻ってくると規定されていたとのこと。「突然、僕らのところに戻ってきた。すると40周年が近づいていたんだ」彼は言う。彼らはこのコンサート映画の節目を祝う何かをやりたいと思い、このプロジェクトに興味を示す人がいないか周囲に当たり始めた。

バンドは「何人かの人たち」と話した、とハリスンは認めている。そのクオリティを重視したのか、単にアルファベット順で決めたのかは別にして、A24が彼らの第一希望であった。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『ミッドサマー』『ムーンライト』など数多の現代名画に関わっているこの制作・配給会社は、『ストップ・メイキング・センス』の獲得に興味を示しただけではなかった——同社の重役たちはそれを完全レストアして再リリースしたいという意思を示したのだ。そして、そこにはグループにとって極めて重要な違いがあった。「"ストリーミングで配信する予定です”といったものではなかった」ハリスンが言う。「彼らはそれを映画館に戻したいと言ったんだ。ストリーミング配信だけだったら、アトモスで全編をリミックスしていたかどうか分からないよ。あれは空間オーディオだから、空間があることが重要なんだ」。

現在この映画の所有権はA24に移っており、彼らは2023年秋に(アメリカ本国で)再び上映することを目指していた。彼らの任務は、4Kやらドルビーやら何やらの処置のための準備をすることで、それは、可能なかぎりオリジナル映像や音声に手を付けることだった。そして、それはまさに探偵小説の様相を呈するのだった。

Translated by Masao Ishikawa

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